朝比奈 誼先生のフランス語にまつわる素敵なお話




セ・サンパ
感じいい!親切!ちょっと贅沢!「セ・サンパ」とパリジャンは表現します。そんなサンパなパリを、ほぼ毎週更新でご紹介しています。

単語も成長する 2019.6エッセイ・リストback|next

アルジェリアの田園風景 ※画像をクリックで拡大
 昨年7月、Sahara砂漠では51.3℃を記録したという。海辺に近くても、Algérieはさぞかし暑いだろう。つぎの文章は、Camusが描いた真夏の葬儀風景である。墓地に向かい列を組んで平原の舗道を歩む会葬者たちが、折からの日射のつよさに難渋する光景を描いたもの。仏文とA、B、2種類の和訳を見比べてほしい。
 Autour de moi, c’était toujours la même campagne lumineuse gorgée de soleil. L’éclat du ciel était insoutenable. A un moment donné, nous sommes passés sur une partie de la route qui avait été refaite. Le soleil avait fait éclater le goudron. Les pieds y enfonçaient et laissaient ouverte sa pulpe brillante. (Albert Camus :L'Etranger, I, 1)
 A 「私の周囲は、相も変わらず、陽の光の満ちた、どこまでも同じ輝かな野原だ。空のきらめきは堪えがたい。われわれは、最近修復された部分の道路を通った。太陽はタールをきらきらさせた。足が道にはまりこんで、きらめくタールの肉を押しひろげた。」(窪田啓作訳)
 B 「周囲はあいかわらず、光が溢れ、太陽にむせかえる同じ田園地帯だった。空のきらめきには耐え難いものがあった。そのうちに一行は、最近道路を補修したらしい場所にさしかかった。アスファルトが太陽の熱で裂けていた。そこに足を突っ込むと、その、つやのある柔らかな中身が剥き出しになった。」(柳沼文昭訳)
 Aは新潮文庫(1954年初版)、Bは第三書房、対訳叢書(2012年初版)に拠る。したがって両訳の間には60年近い時が流れている。goudronの訳語「タール」と「アスファルト」を見れば、両者の差は歴然とする。これは辞書の差だといってもいい。古い模範佛和大辭典(1924年復興版)には「瀝青、チャン」としか出ていない。対して現行の仏和辞典では、「1.タール、瀝青。2.(舗装用の)タール、アスファルト」と区分があるのが一般的だ。これだけでも、Aがハンデを負っていることは明らかだろう。だからその点を斟酌せねばならないが、その上で注目したいのは下線部である。éclatはéclaterの名詞形なので、該当箇所に下線を引いてみた。すると、前者では双方の訳が重なったのに、後者ではまるっきり違ってしまった。どちらが正しいか、それを判断するより先に、「きらきらさせた」と「裂けていた」のように大きな開きが出たのはなぜか、それを考えてみるとしよう。
 動詞éclaterはもともと擬音語でclapper「舌打ちする」と同じく「破裂する」という意味の語だが、日本語との対応関係でいうと幅が大きく、訳語がいくつも並ぶ。ABの違いもそこに原因がある。事情をはっきりさせるため、語義分類が明快な新スタンダード仏和辞典を以下に引用する。とりあえず自動詞の場合をとりあげる。
 [A]〘物が主語〙⒈破綻する、炸裂する、爆発する;(タイヤが)パンクする、バーストする;(蕾などが)ぱっと開く。L’eau chaude a fait ~ le verre.「熱湯でコップが割れた」(略)
 ⒉(施設・政党などが)分れる、分裂する。(略)
 ⒊(声・音が)突然響く。(略)
 ⒋突然起る;(戦争などが)勃発する。(略)
 ⒌〘古〙(金・宝石などが)輝く、(喜び・怒りなどが)はっきり示される。(略)
 [B] 〘人が主語〙⒈抑えきれず表に出す。(略)~ en larmes わっと泣き出す。(略)
 ⒉有名になる。
 ⒊(deを)表に現す。~de santé見るからに健康である。(略)


Dictionnaire historiqu ※画像をクリックで拡大
 さらに他動詞、代名動詞の場合もあるが、ここでは触れない。
 さて、この分類にしたがえば、A訳は[A]⒌に当たる。その前のéclatとのつながりを意識したのかも知れぬが、舗装道路の表面がひび割れて、内側のpulpe「(表皮の中の)果肉」のような柔らかなタールが剥き出しになる、という展開からみて、B訳のように、[A]⒈に当たるとみなすべきところだろう。まして、スタンダード仏和が指示するように古い語義だとすればなおさらだ。
  とすれば、上記の訳の当否は決着がついたと言える。ただ、A訳が生まれた背景を見逃すわけにはいかない。Alain Rey監修のDictionnaire historique de la langue française「語の史的変遷を辿る仏語辞書」のéclatの項目を見ていて、語義が時とともに成長・変化していく姿を垣間見る思いがしたので、拾い読みする。
 ・まず1165年頃:un fragment d’un corps qui éclate, d’où l’expression voler en éclats 「破裂する物体の破片;ここから<粉々に飛び散る>という表現が生じた」
 ・15世紀後半:éclat se dit du bruit violent et soudain de ce qui éclate 「破裂物から出る突然の轟音、についていうようになる」この用法は今日では用いられぬ、と断りつつ、éclat de voix「大声」、rire aux éclats「噴き出す、大笑いする」などの成句が紹介されている。
 ・16世紀:L’idée de « violence qui frappe la vue » est attestée au XVIe s. (1564)avec le sens d’ « intensité d’une lumière vive, brillante », de là vient « lumière reflétée par un corps brillant »「16世紀になると、<視覚を刺激する強い光源>の観念が認められる。(1564年)<激しくて、きらめく光の強度>の意味が加わる。そこから<ある光源からの反射光>の意味が生じる。」
 ・1604年:éclat se dit de ce qui est brillant, magnifique,,,spécialement « renommée éclatante » sens devenu archaïque ou littélaire,sauf dans la locution coup d’éclat. 「華やかで、すばらしいもの、特に<盛名>についていう。ただし、<派手な一撃;センセーショナルな行動>のような言い回しを別にすれば古風、または文学的。」
 ・1643年:Par extention,... « vivacité et fraîcheur en parlant d’une couleur, d’où avoir de l’éclat, perdre son éclat, en parlant d’une personne
 「転じて、 色彩に関して、<強くて鮮やかな>ことをいう。そこから、人間について<みずみずしい美しさを持つ><往年の輝きを失う>という表現が生じた。」
 要するに、動詞「破裂する」に端を発した名詞が、「破片」を出発点に、音や響きや色彩といった諸相に意味範囲をひろげ、流行・衰退をつづけ、最後には人間の魅力の比喩にまで語義を拡張深化させたことになる。対する読者はその機微に聡くなければならぬ、それを上記の訳は教えてくれたのである。これはéclatにかぎらぬことをゆめゆめ忘れまい。
 
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