朝比奈 誼先生のフランス語にまつわる素敵なお話




セ・サンパ
感じいい!親切!ちょっと贅沢!「セ・サンパ」とパリジャンは表現します。そんなサンパなパリを、ほぼ毎週更新でご紹介しています。
 
クマと人間 2025.11エッセイ・リストback|next

テディ・ベア ※画像をクリックで拡大
 このところ日本のテレビ・ニュースがクマ被害にふれぬ日はない有様だ。クマといえば、Petit ours brun「テディ・ベア」とか「こぐまのプーサン」に代表されるように、人に好かれ、愛玩されている動物のはずだった。ところが、今や人間の日常生活を脅かし、時には人を殺害することもある狂暴な野獣と認識されるにいたった。そうなると強敵であって、クマになぞらえられるロシアのイメージさえ霞むほどだ。クマを退治する見方以外は人前でうっかり口に出せない。情報社会の悪いくせだ。
 それにつけて思い起こすのは、La Fontaineの寓話、L’Ours et l’Amateur des jardins:「クマと庭好きな男」(巻8―10)のことだ。そもそも『寓話選集』の中には「…と…」という表題は数多く存在するが、名高いLe Corbeau et le Renard:「カラスとキツネ」(巻1-2)のような敵対関係を示すとはかぎらない。ここでは、友愛関係を示していることに注目したい。クマと人間がどうして友達になったのか?その問いに答える前に、「庭好きの男」なるものについて、背景を説明しておくことにする。それにはLe Jardinier et son Seigneur:「庭好きと領主」(巻4-4)を参照するといい。
 「庭好き」のところ、「植木屋」とも「庭師」とも訳してないのは、作者が寓話をつぎのようにはじめて、jardinierの意味を説明しているからだ。

     Un amateur du jardinage,
     Demi-bourgeois, demi-manant,
     Possédait en certain village
 Un Jardin assez propre, et le clos attenant.
 Il avait de plein vif fermé cette étendue
 Là croissait à plaisir l’oseille et la laitu
 De quoi faire à Margot pour sa fête un bouquet,
 Peu de jasmin d’Espagne, et force serpolet.

     「園芸が大好きな男、
     半商、半農で暮らし、
     とある村に所有していたのは
 きれいな菜園で、囲い地もついている。
 男は一帯を生垣で囲いこんだ。
 中ですくすく育っていたのは、スイバ、レタス、
 マルゴの誕生日の花束になりそうなもの。ほかに
 スペイン産ジャスミンこそ少ないが、ジャコウソウはふんだんに生えていた」

 要するに、農民でも職人でもなく、金に不自由はない商人なのだ。因みに、マルゴ(マルグリットの短縮形)は娘。ジャスミンは当時園芸界の先端をいく香草。逆に、ジャコウソウは花と香りが好まれたのだろうが、lièvre「野ウサギ」の大好物らしく、この男の菜園が標的になったところから物語は始まる。
 さて、「クマと庭好きの男」に戻る。関係がはじまる動機として、まず両者の孤独が協調される。

Certain ours Montagnard, ours à demi léché,
Confiné par le Sort dans un bois solitaire,
Nouveau Bellérophon, vivait seul et caché
Il fût devenu fou : la raison d’ordinaire
N’habite pas longtemps chez les gens séquestré.

「山に住むあるクマ、母クマに舐められた跡の残る若さなのに
運命のめぐりあわせで、人気のない森に閉じこめられ、
ベレロフォンテス*の再来さながら、ひとり隠れて、暮らしていた。
気が狂っても不思議じゃなかった。理性は、一般的に、
世間と縁を切った人の家にながく宿るものではない。」


ラ・フォンテーヌ「寓話選集」 ※画像をクリックで拡大
*ベレロフォンテス:ホメロス『イーリアス』の登場人物。美貌と武勇に恵まれた男だったが、神々の憎しみを買い、世間をはなれて独居する羽目におちいった。
 いかにもラ・フォンテーヌらしく、クマの「孤独」が人間並みに表現されているではないか。21世紀に暮らす私たちもこの「クマ」と無縁ではないだろう。(つづく)



追記  200回を超える既往のコラムの一部を選んで、紙媒体の冊子を作りました。題して「ア・プロポ――ふらんす語教師のクロニクル」。Amazon, 楽天ブックス三省堂書店(WEB)などオンラインショップで販売中です。
 
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