朝比奈 誼先生のフランス語にまつわる素敵なお話




セ・サンパ
感じいい!親切!ちょっと贅沢!「セ・サンパ」とパリジャンは表現します。そんなサンパなパリを、ほぼ毎週更新でご紹介しています。

deboutの話 2019.3エッセイ・リストback|next

新スタンダード仏和辞典 ※画像をクリックで拡大
 今回は文法の話。わたしは『スタンダード仏和辞典』(1957年初版発行、大修館書店)で育ったが、その後、同辞典の改訂や『新スタンダード仏和辞典』の編集チームに誘われたため、中心メンバーとして作業にあたられた朝倉季雄先生に身近に接触し、感化をうける幸運にめぐまれた。
 間もなく四月、日本では新学年だ。この時期になると思い出すのは、東大の駒場でひさしく初級フランス語を担当された先生が、Il est assis. がElle est assise.になるのに、Il est debout.がElle est deboute.にならないのは何故か、しつこく問われて参った、と洩らされたこと。「立つ」「坐る」のセットなのに、一方は形容詞、他方は副詞で、扱いがちがう。柔軟性を欠いた頭はこの説明を受け付けない、ということだ。東大生にありがちなことかもしれないが、この場合、その頭の固さをあざけってばかりはいられない。なぜなら、この突拍子もない質問の裏に、deboutという語の特殊性が潜んでいるからだ。
  まず、『旧スタンダード仏和』のdeboutを見てみよう。たしかに副詞で、冒頭に1.ad.(副詞)という指示があり、上の用法は「être ~ 1)立っている.2)起きている.3)生きている.4)亡び(消え・こわれ)にいる」としてこの項に入れてある。ただ注意すべきは、deboutは副詞だけにとどまらないこと。1につづいて、2.int.(間投詞)「立て!起きろ!しっかりしろ!」があるのだ。
 これに関連して、ベルギーの社会主義者Pierre Degeyerが作曲した革命歌「インターナショナル」L‘Internationale の冒頭を引き合いに出そう。
 Debout! les damnés de la terre ! /Debout! les forçats de la terre !
 旧ソ連の国歌になったこの歌は日本にも入って、佐々木孝丸/佐野碩はこう訳した。
 「起て飢えたる者よ 今ぞ日は近し/醒めよ我が同胞 暁は来ぬ」
 補足すると、les damnés ₌les réprouvésは「社会ののけ者」(元は「神に見放されて地獄に落ちた者」)の意。les forçats =les condamnés au travail forcéは「徒刑囚」を指し、travailler comme un forçat「(徒刑囚のように働く→)重労働をする」のように使われることが多い。
 そこで、歌詞であることを度外視して直訳すると、こうなる。
 「立ちあがれ!この世で除け者にされた人たちよ。/立ち上がれ!この世で重労働に苦しむ人たちよ。」
 「ああ インターナショナル 我等がもの」で終わるこの歌をわたしたち世代の若者は集会やデモの際にしきりに歌ったものだった。いまだに、メロディまで頭の隅にこびりついている。だが、今の若者はどうだろう、日本では忘れられ、共産党が支配する中国でも疎まれている由。ただし、フランスではNuit debout「夜 立ち上がれ」運動が2016年に起こり、la loi Travail労働法に反対して全国にひろまった。一度は下火になったものの、今話題のle Mouvement des Gilets jaunes 「黄色いベスト運動」で蘇った格好だ。脈々とつづく民衆運動のエネルギーはフランス革命にまでさかのぼるのだろうか。もっとも、それは別の話題。ここでは、deboutの用法に話をもどす。
 やっかいなのは、副詞、間投詞にとどまらず、3. a. (形容詞)の項があることだ。vent ~「逆風」のような例があがっている。形容詞だとすると性数一致の問題が生じるが、よく見れば、 « Places ~ seulement »「立ち見席しかありません」という用例があって、それとなくinvariable不変化であることが示されている。その意味では抜かりはない。しかし、上記のような学生には、もう一押しの説明が必要なのではないか。
 『新スタンダード仏和』はこの隙間を埋めようと、deboutの項をつぎのように始めた。 「ad.《多くは無変化形容詞として機能する》」
 上記のような質問の芽を事前に摘んでしまった形だが、考えてみれば、形容詞か副詞か、という区別をやめてしまったことになる。「副詞として無変化であるが機能的には形容詞に近く不変化形容詞とみなし得る」という『新フランス語文法事典』(むろん朝倉先生の遺作だ)の正確だが屈折に富んだ記述にくらべてみると、ずいぶん思い切った表現に思えるが、辞書を引く身になってみれば、この説明の方が飲みこみやすいだろう。
 現行の仏和辞典では、『クラウン仏和辞典』、『ロワイヤル仏和中辞典』、『プログレッシブ仏和辞典』『小学館ロベール仏和大辞典』、いずれも旧スタンダード式に副詞・形容詞・間投詞という三分割編成であるのに対し、『現代フランス語辞典Le Dico』だけは新スタンダード式にならい、副詞として指示したあとに「不変化形容詞としても用いる」と注記する形をとっていることを付記しておこう。

Nuit deboutの集会 ※画像をクリックで拡大
 さて、品詞の枠から解放された『新スタンダード仏和』のdeboutはどうなったか。
 まず[A] 《人が》、 [B]《物が》という軸を設けたことが目を引く。RobertやTrésorといったフランスで権威のある大辞典の分類を援用したものだが、そのぶん読者は目指す訳語を見つけやすくなり、原語の意味のひろがりや用法になじめるのではあるまいか。(以下、下線部分は引用箇所。ゴチック体のうち、仏語は成句、語義の方は、フランスの資料を参考に、学習者にとって重要度が高いことを示す)
 [A] 《人が》1.立って、立った.manger ~立ったまま食べる. se mettre ~立ちあがる. être (se tenir) ~立っている. ne pas (plus) tenir ~ 眠くて(疲れて)立っていられない.(中略)、
その上で注目したいのは、旧スタンダード式では「形容詞」扱いされていた部分の処理だ。
◆《付加辞》station ~立った姿勢. tir ~ 立撃ち〔tir couché「寝撃ち」の対〕(中略)
男女両性の名詞の例をあげて、無変化形容詞という冒頭の注意書きを実証する仕掛けだ。
2. 起きて(=levé);生きて(=vivant). Il est ~dèsl‘aube.彼は夜明けから起きている.(中略)Je suis heureusement, encore ~.幸い私はまだしゃんとしている.
上に詳述した間投詞の例も、この分類なら《人が》の中に収まってしまう。
3. D~!立て!;起きろ!D~、mon peuple ! 国民よ、立ち上がれ.
[B]の方はどうか。
[B]《物が》 1. 立てて. mettre une échelle ~ 梯子を立てかける. 2. 《比喩的》 être encore ~ (建物などが)まだ壊れずにいる;(制度などが)まだ存続している. (中略)mettre une affaire ~ 事業を軌道に乗せる. tenir ~《話》しっかり立っている;(理論などが)筋が通っている.(中略)
こうなれば、旧スタンダードが「形容詞」扱いしていた用例も、ここに吸収される。 3. vent ~.[海]向い風, 逆風.
 この項目の見事な仕上がりを見るにつけ、学生の愚問といえどもおろそかにできないことをあらためて痛感する。新学期を迎えた教師諸君、心しようではないか。

 
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