朝比奈 誼先生のフランス語にまつわる素敵なお話




セ・サンパ
感じいい!親切!ちょっと贅沢!「セ・サンパ」とパリジャンは表現します。そんなサンパなパリを、ほぼ毎週更新でご紹介しています。
 
アヴィニョン演劇祭と選挙 2024.7エッセイ・リストback|next

アヴィニョン演劇祭2024 ※画像をクリックで拡大
 「セーヌ河で泳ぐ」(2024年5月)では、Anne Hidalgoパリ市長がセーヌ河で泳ぐという約束を守るかどうか疑問だと述べた。しかし、オリンピック開幕をひかえた17日に彼女は約束を果たし、水質の良さを強調した。彼女にとっても、大会の出場選手にとっても、まことに喜ばしい展開だ。面白いのは、これを報じたル・モンド紙の取り上げ方だ。
 Anne Hidalgo plonge dans la Seine et dans le grand bain olympique
 A moins de deux ans des élections municipales, la maire de Paris s’apprête à bénéficier de la lumière des Jeux olympiques organisés dans la capitale, auxquels elle a largement contribué.
 「アンヌ・イダルゴ、セーヌ河とオリンピック水泳会場に飛び込む
市議会議員選挙まで2年を切った今、パリ市長は自ら大きく貢献したパリ五輪大会開催の余沢を得ようと着々準備中だ」
 パリ市長選挙の仕組みは複雑きわまるが、大まかに言って、市議会議員が選出する形なので、市民の投票で選ばれる市議会議員の多数派をしめなければならない。任期は6年、現市長は2014年、2020年と連続2期つとめて、3選を目指している。彼女はセーヌ河に飛び込むことで、五輪のトライアスロン、スイミング・マラソン会場の安全を実証して見せたが、同時に、選挙対策に懸命でもある、という見立てだ。要は、JO「オリンピック大会」も政治の一部だ、ということになる。
 JOを利用する人たちとは逆に、これを邪魔者扱いする人たちもいる。フィガロ紙(6月30日付)はAvignonの演劇祭の記事に次のような見出しをつけた。
 Festival d’Avignon: des spectacles coincés entre Euro de foot, JO et législatives
 「アヴィニョン演劇祭:演劇祭の興行がサッカーのヨーロッパ選手権とオリンピックと国民議会総選挙に圧されて身動きならず」
 coincerと聞くと、わたしはすし詰めのパリ・メトロ車内を連想する。記者としては、この語によって、折角の演劇祭が観客集めに窮する状況を指摘したかったのだろう。
 アヴィニョン演劇祭は7月を飾るイベントとして、今年で78回を数える伝統行事だ。ところが、国運を賭けたオリンピックに優先権を譲って、例年より早く、6月29日から7月21日までの開催を強いられたばかりか、4年に1回のサッカー・ヨーロッパ選手権(Coupe du monde「ワールドカップ」の並ぶ一大イベント。スペインの優勝で14日に閉幕した)に客を横取りされる恰好になった。
 輪を掛けたのが、国民議会選挙だった。
 Ce dimanche 9 juin 2024, le chef de l'Etat a pris la parole à 21 heures, une heure après l'annonce du résultat des élections européennes. “Le principal enseignement est clair, ce n'est pas un bon résultat pour les parties qui défendent l’Europe", a-t-il déclaré. Et le Président d'annoncer un retour aux urnes : "J'ai décidé de vous redonner le choix de notre avenir parlementaire par le vote. Je dissous donc ce soir l'Assemblée nationale".
 (LCP 議会チャンネル)
 「2024年6月9日、大統領は欧州議会選挙の結果発表の1時間後の21時に発言した <主要な教訓は明らかであり、EUを守っている諸政党にとっては望ましい結果ではありません>と述べた。
 そして再度の投票を予告した。<私は、国民議会の未来の選択をあらためて投票に委ねることに決めました。それで、今夜、国民議会を解散します>。」
  結果として、アヴィニョン市内の掲示板には演劇祭がらみの広告といっしょに選挙ポスターが並ぶことになった。フィガロ紙の記者は芝居用語と政治用語を重ねて、皮肉めかして書いている。
 Les affiches électorales détaillent une étrange distribution.
「選挙ポスターは珍妙な配役の内訳を表示している」  

ラファエル・アルノー議員 ※画像をクリックで拡大
 そしてのRN(Rassemblement National)「国民連合」改選議員Catherine Jaouenはじめ4人の立候補者名を記している。その上で、演劇祭に参加するアーチストたちの見方を紹介する。
 On passe devant ces visages de comédiens d’un autre genre qui espèrent tous, dans une semaine, faire leur entrée sur la scène de l’Assemblée nationale. Au reste, ici, inutile  de préciser que la perspective d’une majorité nationale pour l’extrême droite n’est pas du goût des artistes. Pas de place dans leur tête pour une telle tragédie et pas question non plus qu’ils considèrent cette éventualité comme une farce.
 「いずれも1週間後には(すなわち7月8日、第2次投票日)国民議会という舞台への登場を希望する、別種の役者たちの顔の前を人々は通り過ぎていく。もっとも、ここでは、言うまでもないことだが、極右が国全体で過半数を占めるという見通しはアーチストたちの好みに合わない。彼らの頭にはそんな悲劇が入る余地はないし、今の状況を茶番劇と考えることなど論外だ」
 第1次投票の段階(全国的に「国民連合」が上位をほぼ独占する勢いを示した)で、記者がこんな情勢判断を示すのも無理はない。フェステイバル・ディレクターのポルトガル人演出家Tiago Rodriguesはdémocratique, populaire, républicaine, écologiste, féministe, antiraciste「民主主義的、大衆的、共和国的、環境保護的、フェミニスト的、人種差別反対の」演劇祭を企図していたから、その勢いの中で、ceux qui fourbissaient « un festival d’engagement contre l’extrême droite »「<極右勢力反対の演劇祭>に向けて備えていた人々」が多かったのだ。逆にいえば、国民連合がオーディオビジュエルを含めた文化活動分野を活用して diffuser plus amplement son idéologie de préférence nationale, anti-LGBTQ et xénophobe「愛国主義、LGBTQ反対、外国人嫌いを内容とするイデオロギーをいっそう広範に広めようと企図していること」に気づき、それに対抗する必要を強く意識していることになる。
 さて、第2次投票の結果はどうなったか?記者の予想は当たったともいえるし、誤ったともいえる。 Le Dauphine libéreé「自由なドーフィーヌ」紙は次のように報じた。
 Dans le Vaucluse, quatre des cinq sièges de député sont gagnés par le Rassemblement national. Mais le parti de Marine Le Pen ne fait pas le grand chelem. En effet, dans la 1re circonscription, celle d'Avignon, le candidat de l'union de gauche domine largement.
 「ヴォークリューズ県では5選挙区中、国民連合が4つで勝った。しかし、マリーヌ・ル=ペンの党はグランド・スラムはならなかった。なぜなら、第1選挙区、アヴィニョン区では、左翼連合の候補者が制覇したから」
 Lyon出身で28歳のRaphaël Arnaultが新人民戦線の賛同を得て、現職のRN候補を破った。あきらかにアヴィニョン演劇祭の政治傾向の反映とみることができる。しかし、ヴォークリューズ県全体としてはRNが圧倒的に強いことも見逃せない。いずれにせよ、演劇祭が政治に巻き込まれてしまった、とはいえそうだ。

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