朝比奈 誼先生のフランス語にまつわる素敵なお話




セ・サンパ
感じいい!親切!ちょっと贅沢!「セ・サンパ」とパリジャンは表現します。そんなサンパなパリを、ほぼ毎週更新でご紹介しています。
EGOISTEMENT「利己的に」
2007.03エッセイ・リストbacknext

高病原性トリインフルエンザウイルス
  鳥インフルエンザgrippe aviaireがまたもや危険な増加傾向をみせるなか、A-H5N1型ウイルスvirus A de sous-type H5N1に脅威を感じる点では世界どこでも差はないはずだ。しかし、ジャカルタ特派員がLe Monde紙(1月27日付)に寄せた記事の見出しがAdieu, cygne, canard, pigeon, poulet「白鳥、鴨、鳩、ひな鶏 さようなら」と沈痛な悲愴感をみなぎらせているのを見て、微妙な温度差を感じた。白鳥がいきなり出てきたのは、きっとchant du cygne「白鳥の歌」の連想が働いて、「臨終の前の最後の叫び」とか「瀕死の文明」とかを匂わせたいのだろう。しかし、それ以外の鳥はわけがちがう。どれも、フランス人にとっては食卓にのる料理のイメージとダブっているのにきまっている。「鶏肉を食べさえしなければ大丈夫」ですませてしまう呑気な日本人とは異なり、彼らは食生活の基盤をゆるがすショックを感じているのではないか。
  ただし、対策ということになると、温度差どころではなく、きわめて現実的に、「抗ウイルス・ワクチン」の備蓄量の差が問題になる。
  En postulant que les gouvernements agissent en utilisant « égoïstement »leurs stocks d’antiviraux, la survenue du pic épidémique est décalée de deux à quatre mois.
「各国政府が自国の抗ウイルス・ワクチンを<利己的に>用いるという前提をたてるなら、伝染のピークの到来を2~4ヶ月おくらせることになる」
 ところが、それを世界的に見たらどうなるかというと、貧窮国(つまり備蓄のない)の罹病率は20%から35%に上昇する一方、富裕国ではそれを約0.06%にとどめることになる。つまり、鳥インフルエンザが新たな南北問題の火種になるというわけだ。そこで、同紙はune gestion « altruiste »des stocks d’antiviraux「ワクチン在庫の<利他的な>管理」の必要を提唱する。
 ところで、わたしの関心は、実は鳥インフルエンザにはなく、 « égoïstement »という副詞の使用にある。この場合、むろん「自国民のためだけに」の意であることは明らかだが、同じことをいう時、英語なら当然ながらegoisticallyあるいはselfishlyを使うだろう。フランス語では「利己主義的な、自己本位の、手前勝手な」という形容詞も「エゴイスト、利己主義者、自己本位の人」という名詞も、同形であるのに対し、英語では前者はegoistic, egoistical, selfish 、後者はegoist, selfish man(woman)とはっきり分かれている。そのことと無関係ではあるまいが、形容詞のあとに-lyという接尾辞をつけたselfishlyはごく普通に使えるのに、フランス語の方で接尾辞-mentをつけた副詞の方はなにやら作為的な印象を与える。反対語のaltruisteについても同様で、筆者がaltruistementではなく、une gestion altruisteという<名詞+形容詞>の形にした理由もそのへんにありそうだ。
 こんな些細なことにこだわったのには理由がある。-mentという語尾の副詞はとくに文章語では濫用をいましめる仕来りがある。その戒めを文学作品にうまく活用した作家として名高いのは、17世紀の喜劇作家Molièreである。彼はパリの下町生まれ、表現においても人間観においても不自然さを嫌ったことで知られる。その立場からすれば、当時社交界にのさばっていたprécieuse「才女気取り(の女)」を槍玉にあげようと考えたのは自然の流れだった。なにしろ、彼女たちは俗なコトバを毛嫌いし、気取った表現を追及するあまり、「鏡」をle conseiller des grâces「美貌助言者」と呼び、「お掛けください」というかわりに,ne soyez pas inexorable à ce fauteuil qui vous tend les bras il y a un quart d’heure ; contentez un peu l’envie qu’il a de vous embrasser.「この肘掛椅子に冷たくなさらないでくださいまし。十五分も前からあなたに両手をひろげておりますのよ。あなたを抱きしめたいという椅子の希望をすこし満たしてやってくださいまし」というような、行き過ぎに陥っていたからである。この2例は『才女気どり』Précieuses ridicules(1659年初演、大ヒット)から引いたが、奥の手は、彼女らに-mentで終わる副詞を連発させる仕掛けだった。第九場の一部を引用する。

ニセ侯爵マスカリーユ。”才女気取り”9場
  Cathos(以下、Cとする)と Magdelon(Mg)は町人の娘、田舎から上京して、すっかり才女を気取るようになってしまった。Mascarille(M)は貴族の従僕にすぎないのだが、二人を懲らしめようとした主人に誘われるまま、侯爵になりすまして二人を訪ね、彼女たちに取り入ることにまんまと成功する。
M--- Attachez un peu sur ces gants la réflexion de votre odorat.「この手袋にちょっと皆さんの嗅覚の注意力をそそがせてごらんなさい」
Mg--- Ils sentent terriblement bon.「ものすごくいい匂いですわ」
C---Je n’ai jamais respiré une odeur mieux conditionnée.「こんなに上手に調合された匂いを嗅いだことがございませんわ」
M---- Et celle-là?(「ではこれは?」といって、髪粉を利かせた鬘の髪の毛を嗅がせる)
Mg---Elle est tout à fait de qualité ; le sublime* en est touché délicieusement. 「これはまったくもって上質ですわ。崇高な場所がそれに打たれてすっかりのぼせておりますことよ」(*「脳」cerveauという直接表現を避けた)
M---Vous ne me dites rien de mes plumes ! Comment les trouvez-vous ?「私の羽飾りについては何も言ってくださいませんなあ!こちらの方はいかがなものでしょう?」
C---Effroyablement belles.「身の毛がよだつほど綺麗ですわ」
  該当語に太字を用いたが、特にterriblement, horriblementは「才女」たちが最上級表現として好んだらしい。そのほかにも...je suis furieusement pour les portraits.「ポルトレ(機智あふれる詩句による人物描写)が猛烈に好きなんです」...je suis diablement fort sur les impromptus.「即興詩がめちゃに得意なんです」など副詞の奇矯な用例は随所にみつかる。話の中身が従僕にふさわしく下品そのものであるだけに、副詞の連発がよけいに観客の笑いを誘うことになったのにちがいない。
  ただ奇矯とはいうものの、それはモリエールの時代の話であることに注意しよう。現代の話しコトバのなかでは、terriblementもeffroyablementもしきりに使われ、ごく自然に受けとられている。
  J’ai terriblement soif. 「ものすごく喉が渇いている」
  Ce vin est horriblement cher.「このワインはおっそろしく高い」
 そればかりではなく、次のような副詞は日常会話の受け答えに欠かせない道具になっていることを付記しよう。
  Vous êtes d’accord ?---Absolument./Absolument pas.
  「賛成ですか?」「もちろん/とんでもない」
  Tu peux m’aider ? ---Mais certainement !/Certainement pas.
「手を貸してくれる?」「もちろん、いいとも/とんでもない、やだね」
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