朝比奈 誼先生のフランス語にまつわる素敵なお話




セ・サンパ
感じいい!親切!ちょっと贅沢!「セ・サンパ」とパリジャンは表現します。そんなサンパなパリを、ほぼ毎週更新でご紹介しています。
環境保護 écologisme 2007.10エッセイ・リストbacknext
 しばらくぶりにパリを訪ねて目についたのは、環境保護派écologiste的な配慮が具体的に形をとってきたことだ。
たとえばエッフェル塔 Tour Eiffelのすぐわきのセーヌ河畔に新設されたブランリ河岸博物館musée du quai Branlyに認められる設計思想。むろん、ここはアフリカ・アジア・オセアニア地域の民芸品収集と、マルチメディアを駆使した展示(さらにいえば身障者 personnes handicappéesへの配慮をつくした)とが売り物の施設だが、展示品をおさめたモダンな建物を囲むスペースに工夫がある。つまり、フランス的な庭園のコンセプトを完全に否定するかのように、スペースが野生の自然を思わせる植物(なかでも日本のススキが印象的)で覆われている上、建物の壁面自体もそこに草木が自生しているように見せかけてあるのだ。(写真を参照)

ブランリ博物館の壁

 この夏の話題をさらったパリ市のレンタル自転車サービスVélibも環境保護対策の一つにちがいない。この呼称の由来は自転車véloと形容詞libre「自由な」の合成語という。véloはいまではbicyclette以上に普通に使われているが、もともとはvélocipèdeつまりチェーンが発明される以前の、両足で地面を蹴って進む形式の自転車の原型を指す語の略である。そもそも語源にはラテン語のvelox「競走で早く走る、速い」があり、イタリア語のveloce「早い、迅速な」も同根である。縁語としてはvélocité「(楽器演奏の)早さ」、vélodrome「自転車競技場、競輪場」 vélomoteur「(小型)オートバイ」などがある。
 ついでに、略語が常用語化する例にふれておこう。いまどき「テレビ」を「テレビジョン」とていねいに言う人はほとんどいまい。フランス語ではtélé(英語ではTV)。regarder la télé「テレビを見る」、travailler à la télé「テレビ会社に勤めている」のように使われる。「電話」téléphone関連では、「テレホンカード」が仏語ではtélécarte、英語ではphonecard。「環境保護」écologisme(日本ではécologie「生態学;自然環境」との区別があいまいで、ごちゃごちゃに使われているようだが)関連では、「エコ」が仏語ではécolo(「環境保護を主張する;エコロジスト」の意)、英語ではenvironmentalist。
 さてVélibだが、この語にはentrée libre「入場自由;入場無料」の場合と同じく、両方のニュアンスが重ねられているように思えるところがミソだろう。パリ市内750箇所(コンコルド広場Place de la Concordeやサン=ミシェル広場Place St Michelなど盛り場が多いが、前述のブランリ河岸博物館の前にも駐輪場がある)に配置された10,648台の自転車は各自の望む場所から望む場所まで自由に乗り放題だけれど、「無料」ではない。前もって登録してカードを所持する必要があり、登録料は1年29ユーロ、1週間5ユーロ、1日1ユーロ。さらに毎回の使用料が必要だが、最初の30分は無料、その後30分たつ毎に1ユーロずつかかるという仕掛けである。

トラム
 このシステムの狙いが自動車の使用を減らすことにあることはいうまでもない。全地域に及んではいないにしても、一部地域では従来の車道が削られ、路面に自転車と書かれた専用部分が設けられている。歩行者や自転車には好都合だが、反面、自動車運転者が大袈裟にいえば喫煙者のように煙たがられている気配が察しられる。
「その感を深めたのは、パリ市の南側、ついこの間まではPC(petite ceinture「パリ周辺循環バス」)が走っていたPont du Garigliano~Porte d’Italie間をいまやtram「トラム、路面電車」が肩代わりし、まるでオランダやドイツの町のように疾駆している場面を目にあたりにした時である。私の記憶では片側4車線はあったはずの車道中央部はトラムのために占領され、しかも両側の歩道は拡幅され、カフェなどのテラス部分に活用されている。いきおい自動車は残るスペース2車線を走るしかない。いかにも肩身がせまい感じを受けたが、実際にハンドルを握っている人たちの感想はどうなのだろう。
 こうした改革を市当局の英断として高く評価する向きがあることはムリもない。ただ、何かにつけ意地悪な週刊諷刺新聞Le Canard enchaîné「鎖に繋がれたアヒル」(2007年9月17日号)を見ていて、とかくウマい話には裏があるということを教えられた。

「カナール・アンシェネ紙」のイラスト
 Sans tambour ni trompette:la phase 2 de l’opération Vélib est aussi discrète que la première phase avait été tonitruante.
 「こっそりと。ヴェリブ作戦の第2段階は第1段階が騒々しかったと同じくらい慎ましやかなものだ」
 何のことか?実をいうと、自転車はもとよりカード設備などいっさいの費用は市当局の財政によるのではなく、大手広告会社Decauxが負担した。これが「ウマい話」の第1段階だ。というのも、交換条件としてスポンサー側は広告パネルpanneaux publicitairesを市内に設置する権利を獲得していたからだ。その総数は1628、うち348は面積8㎡もある由。これが第2段階。記事はつづく。
 Et attention :sous forme de panneaux « déroulants ». Quatre pubs succéderont toutes les 6 secondes. Et ils seront éclairés la nuit. Ils consomment chacun, ont calculé les écolos, autant d’électricité qu’un ménage français moyen de 2,6 personnes...
「だがご注意あれ。パネルは<自転式の>なのだ。4枚の広告が6秒ごとにつづいて出てくることになる。しかも夜間は照明つきだ。エコロジストたちの計算によると、各パネル塔の電力消費量は、2.6人からなるフランス平均家庭の1軒分に相当するという」
 資源節約、温暖化対策はいったいどうなるのか。ダメ押しのように、専門家の評価が示される。
 Comme ils (=panneaux) bougent, ils attirent plus le regard. Et comme ils sont éclairés la nuit, ils captent 40 % d’audience en plus ! C’est le triomphe du système Decaux basé sur le harcèlement publicitaire*.
 「パネルは動くので、人目をひきつけます。しかも夜間は照明されるので、見る人の数は40パーセントも増えるでしょう!これは広告ハラに基づくドゥコー方式の完全勝利ですよ」  (*harcèlement sexuel「セクハラ」のモジリ)
この記事の題はTomber dans le panneau de pub「広告の罠にはまる」(tomber dans le panneau「罠にかかる、だまされる」のモジリ)。蛇足だが、pubは「広告」publicitéの略。

<追記>
前号で宿題になった中国人エコロジストWu Lihongさんの漢字表記は「呉立紀」であると、読者からご教示いただいた。Web上で検索された由。ネットの有難さと怖さをあらためて痛感する。

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