朝比奈 誼先生のフランス語にまつわる素敵なお話




セ・サンパ
感じいい!親切!ちょっと贅沢!「セ・サンパ」とパリジャンは表現します。そんなサンパなパリを、ほぼ毎週更新でご紹介しています。
両性具有者 2009.10エッセイ・リストbacknext

セメンヤ選手
写真:Erik van Leeuwen
 ベルリン世界陸上で、ボルト選手とならんで話題をさらったのは南アフリカのセメンヤ選手Mokgadi Caster Semenya(Sud-africaine)だった。彼女は8月19日の女子800mで優勝し、一躍世界のスターになるところまではよかったのだが、あいにく1分55秒45という優勝タイムがよすぎた。2位とは2秒の差、自己記録をも1秒以上縮めたのだから。あらためて当人に注目して見ると、外見や声などがいかにも男っぽい。そこで、両性具有者の疑惑が生まれた。母国南アフリカの人々はこの見方の裏に人種差別の臭いを嗅ぎつけて、大統領を先頭に激高し、彼女を国家的英雄として熱狂的に賛美した。
 しかし、ことはそれで収まらなかった。その後明るみに出たのは、彼女が事前に性別検査を受けていたこと。しかも、その検査で「テストステロン[男性ホルモン]の異常増殖とアンドロゲン不応症候群(AIS)」une production inhabituelle de testostérone et un syndrome de l'insensibilité aux androgènesという結果が出ていたにもかかわらず、それを南アフリカの競技連盟la fédération sud-africaineが握りつぶし、彼女をそのままベルリン大会に出場させたことだった。これが事実なら、国是raison d'Etatが優先し、セメンヤ選手の運命をもてあそんだことになる。そんなわけで、大会後も騒ぎは尾を引き、南アフリカ連盟に対する責任追及の一方、国際陸連IAAF(International Association of Athletics Federations [仏]Association Internationale des Fédérations d'Athlétisme )の理事会(11月20~21日)がどんな裁定を下すか、世界中が固唾をのむことになった。
 ここまでは読者もとっくにご存じだろう。理事会の結論に興味がないわけではないが、ここはあくまでもフランス語の勉強のためにある。以下の部分では、セメンヤ選手からは離れて、「両性具有者」というフランス語の後ろにひかえる伝説を紹介することにしよう。これに当たる語は実は二つあり、それぞれ謂れも、綴りも違っている。どうしてこんなことになったのか。神々の名のフランス語表記にも留意してほしい。
 一つはhermaphrodite。これはギリシア神話の神ヘルマプロディトスH~の名に由来する。そもそも彼は(念のために記すが、男性名詞である)ヘルメスHermèsとアプロディテAphroditeとの恋のたまもの(名の示す通り)で、類まれなイケ面の青年だった。ある日のこと、小アジアのハリカルナッソスHalicarnasse(現在のトルコ領)に出かけ、サルマキスSalmacisの泉で水浴びをした。するとそこに住むニンフnympheが彼の美しさに魅せられ、体にとびかかり抱きつき、水底に引きずり込んだ。そして、永遠に一つに結ばれたままでいられるように神々に祈念した。その願いが聞き届けられた結果、両者は二つの性を備えた一体になった、というもの。

アリストパネス
 もう一つはandrogyne。語源的にはギリシア語のanêr, andros「男、雄」に由来する接頭語andro-とギリシア語gunê「女」が合体したものとされるが、その背景には、『饗宴』Symposion ([仏]Le Banquet ou de l'Amour)でプラトンPlaton、作中では登場人物のアリストパネスAristophaneが主張する「エロース」論がある。奇想天外な説だが、面白いから、Léon Robinの仏訳、鈴木照雄の邦訳を参考に要旨を紹介しよう。
 人間には今日とはちがい、男女のほかにアンドロギュノスandrogyne(邦訳は<男女(オメ)>という訳語をあてている)という、男女両性を合わせ持つ第3の種が存在した。
◆une boule d'une seule pièce, avec un dos et des flancs en cercle
「全体としては球形で、周りをぐるりと脊中と横腹がとりまいて」いた。手足はそれぞれ4本、そっくりの顔が二つ、丸い首の上についていた。
◆une tête unique pour l'ensemble de ces deux visages, opposés l'un à l'autre ; quatre oreilles ; parties honteuses en double ; et tout le reste comme cet aperçu permet de le conjecturer.
「ところで頭を一つ、互いに反対を向いた二つの顔の上にいただき、耳は四つ、隠し所は二つ、その他すべていま述べたことから想像されるような具合になっていた」。歩行は並みの人間と同様だが、早く走りたい時には8本の手足を支えにculbute「トンボ返り」を打ち、faire la roue「急回転させて」進んだ。彼らは強く、腕力にも優れていたから、奢り高ぶり、神々を攻撃するため天上へ登ろうとした。ゼウスZeusは神々と相談した。
◆un moyen de faire, à la fois qu'il y ait des hommes, et que, étant devenus plus faibles, ils mettent un terme à leur insolence
「人間どもが存続しながらしかも今より弱くなって、そのわがままをやめる手段」を考えて、体を縦に二つ切りにし、アポロンApollonに命じた。
◆...de lui [à l'homme] retourner le visage, ainsi que la moitié du cou, du côté de la coupure, afin que l’homme, avant le spectacle du sectionnement subi par lui, en devînt plus modeste.
「その顔と半分になった首とを切り口のほうに向け換えさせた。つまり人間が自分の切り口を見てもっとおとなしくなるようにとの望みからである」。
◆Or, quand la nature de l'homme eut été ainsi dédoublée, chaque moitié, regrettant sa propre moitié, s'accouplait à elle ; elles se passaient leurs bras autour d'une de l'autre,elles s'enlaçaient mutuellement dans leur désir de se confondre en un seul être...
「そこで本来の姿が二つに断ち切られたので、皆それぞれ自分の半身を求めていっしょになった。そして互いに相手をかいいだきまつわりあって、一身同体になろうと熱望した」。ところが抱き合ったまま何もしないため、人類は飢え、何もする気がないまま死滅しそうになった。
ゼウスはそれを憐れみ、il leur transporte leurs parties honteuses par-devant「彼らの隠し所を前に移した」。こうして、男性と女性の体内でgénération「生殖」を行うことになった。
 アリストパネスの結論は次の通り。
◆...c'est depuis un temps aussi lointain, qu'est implanté dans l'homme l'amour qu'il a pour son semblable : l'amour, rassembleur de notre primitive nature ; l'amour qui, de deux êtres, tente d'en faire un seul, autrement dit, de guérir l'humaine nature !
「このような大昔から、相互への恋<エロース>は人々のうちに植えつけられているのであって、それは人間を昔の本然の姿へと結合する者であり、二つの半身を一体にして人間本来の姿に直そうとする者である!」
 彼に従うと、セメンヤ選手は「人間本来の姿」にもっとも近いことになるのかしら。

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