朝比奈 誼先生のフランス語にまつわる素敵なお話




セ・サンパ
感じいい!親切!ちょっと贅沢!「セ・サンパ」とパリジャンは表現します。そんなサンパなパリを、ほぼ毎週更新でご紹介しています。
集団的自衛権 2014.7エッセイ・リストbacknext

日本国憲法第9条 ※画像をクリックで拡大
 Le Monde紙を見ていて気づいたのだが、もっともらしい「集団的自衛権」という「権利」は、耳あたりのいい「アベノミクス」とやらと同じで、安倍首相お得意の造語にすぎない。というのも、同紙の東京特派員Philippe Mesmerはつぎのように単刀直入に報じているからだ。
 L’Archipel pourra alors participer à des systèmes de défense collective, et aider, par exemple, un allié attaqué. Les Forces d’autodéfense(FAD) pourront également prendre une part active aux opérations de maintien de la paix de l’ONU.
 「そうなると(注:これは6月24日付の記事なのだが、7月はじめに閣議決定されることを見越している)日本は集団的防衛体制に参加し、たとえば攻撃をうけた同盟国を助けることができるようになる。同様に、自衛隊は国連の平和維持活動に積極的に参加できることになる。」
 「集団的防衛体制」とされている点に注意しよう。要するに、「集団的自衛権」というのは戦争のできる国家にもどりたいという一部国内勢力の願望を満たすために編み出された呪文にすぎず、ことさら言い立てるほどの権利であるはずがない。首相はくりかえし「集団的自衛権」を行使しても戦争国家にもどることはないと強調しているが、すればするほど、戦争放棄を謳った憲法を否定したい意思が浮き出してくる。だから、今度の憲法解釈の変更は、近隣諸国から見れば、日本は「平和国家」であることをやめて、「戦争する準備を整えました」と宣言したことにしかならない。記者は首相の意図を的確に見抜いていて、つぎのように締めくくる。
 Sur le plan intérieur, la nouvelle interprétation s’ajouterait à l’augmentation ---la première en dix ans ---du budget de la défense, de 1,3%, à 4 463 milliards de yens (32 milliards d’euros), pour l’exercice 2014 commencé le premier avril. La mesure n’est pas pourtant pas populaire. Selon un sondage, les 21 et 23 juin, de l’agence Kyodo, 55,4 % des Japonais s’opposent à la participation du Japon à un système de défense collective. En imposant la réinterprétation, M.Abe évite une réforme constitutionnelle qui exigerait un référendum.
 「国内的には、(憲法の)新解釈は、4月1日に始まる会計年度で防衛予算の1.3%、4兆4630億円(320億ユーロ)の増額(ここ10年で初)に付け足されることになる。しかし、この措置は国民に広く支持されているわけではない。6月21,23日の共同通信の世論調査によれば、集団的防衛体制への参加には55.4%の日本国民が反対している。憲法解釈の変更を押しつけることによって、安倍首相は国民投票のいる憲法改正を避けているのだ。」
 ここで気がかりなのは、日本のマスコミがしきりに「集団的自衛権」というコトバをはやらせたことだ。賛成にしろ反対にしろ、「アベノミクス」の場合と同じように、安倍首相のお先棒をかついだ結果として、このコトバは日本国内で既成概念のように定着してしまったのではないか。
 これにつけて思い起こされるのは、5月のElections européennes「ヨーロッパ議会選挙」において極右政党Front national「国民戦線」が勝利した際、François Jost(パリ第3大学教授)氏がル・モンド紙(5月28日付)に寄せたUne inquiétante banalisation médiatique 「マスコミによる通俗化が気がかり」という論考だ。この選挙で国民戦線は得票の25%を獲得し、全国規模の選挙ではじめて勝利した。それを受け、党首のMarine Le Penは勝利宣言をする際、Front national. Premier parti de France「国民戦線、フランス第1党」というポスターを用意し、それがテレビ中継で全国に流された。それについて教授はこういう懸念を表明した。

マリーヌ・ル・ペンFN党首
 A y regarder d’un peu plus près, on aurait pu s’interroger sur le sens véritable de cette affirmation. Après tout, avec une abstention de près de 60 %, avec 40 % de votants, les 25 % de voix dont a bénéficié le parti ne représente qu’un peu plus de 10 % de Français. C’est évidemment trop. Mais cela n’autorise pas à considérer que les Français ont voté FN. Or, lors de la soirée électorale, on s’aperçut bien vite que ce qui n’était qu’un slogan devint très vite la prémisse de tous les raisonnements, des politiques comme des journalistes, sans qu’aucun n’ose la soumettre à son analyse.
 「もうすこし注意深く見れば、第1党という断定の真意を疑問視できただろう。結局のところ、棄権が60%近くあり、投票者は40%だから、国民戦線FNが得た25%というのは、国民の10%強にすぎない。それでも多すぎる得票だが、だからといって、フランス国民がFNに投票したと考えることはできない。ところで、投票日の夜、視聴者はたちまち気づいた、スローガンにすぎぬことがみるみるうちに政治家やジャーナリストの議論すべての前提になり、皆がそれを自分なりに検討する意欲を欠いてしまった。」
 強いていえば第1党は棄権者だった。それなのに、彼らの言いなりになってしまった。
 Cette appropriation des mots du parti d’extrême droite par l’ensemble de la classe médiatique est un symptôme parmi d’autres de la réussite d’une communication habile, dont la formule le « premier parti de France » est l’aboutissement.
 「こうしてマスコミ全体が極右政党のコトバを自分のコトバにしてしまう、これこそ、巧みなコミュニケーション活動の成功例、いくつもある例の一兆候であり、<フランス第1党>という言い方はその極致なのだ。」
 ジョスト教授の指摘は安倍 首相の「コトバ」にもあてはまるのではないだろうか。「アベノミクス」にしても「集団的自衛権」にしても、首相がそれを言い出したとたん、それらを日本のマスコミはあまりにも安直に自分の語彙の中にとりこんでしまい、その結果、「自分なりに検討する意欲を欠いた」ことに気づきもしていないように思われる。「集団的自衛権」の行使もこわいが、このマスコミの姿勢はもっとこわい。なにしろ、わたしたちは四六時中それに囲まれて暮らすしかないのだから。


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