朝比奈 誼先生のフランス語にまつわる素敵なお話




セ・サンパ
感じいい!親切!ちょっと贅沢!「セ・サンパ」とパリジャンは表現します。そんなサンパなパリを、ほぼ毎週更新でご紹介しています。
十字軍 2015.12エッセイ・リストbacknext

テロ現場の写真 ※画像をクリックで拡大
 パリの惨劇。11.13は9.11のように禍々しい日付として記憶されることになるだろう。 IS(Daech)の名でネット上に犯行声明が出た。仏訳の一部を見てみよう。
 Dans une attaque bénie dont Allah a facilité les causes, un groupe de croyants des soldats du Califat. qu’Allah lui donne puissance et victoire, a pris pour cible la capitale des abominations et de la perversion, celle qui porte la bannière de la croix en Europe, Paris.
 「アラーがその主張を支持したまい、祝福を受けた襲撃において、カリフ(アラーが彼に 力と勝利をお与えくださいますように)の兵士の信仰厚いものたちの一群が標的にしたの は、忌まわしい醜行と堕落の都、ヨーロッパで十字の旗印を掲げている都、パリである。」
 Un groupe ayant divorcé la vie d’ici-bas s’est avancé vers leur ennemi, cherchant la mort dans le sentier d’Allah, secourant sa religion, son Prophète et ses alliés, et voulant humiliant(humilierの誤記?)ses ennemis. Ils ont été véridiques avec Allah, nous les considérons comme tels. Allah a conquis par leur main et à jeter(a jeté ?) la crainte dans le cœur des croisés dans leur propre terre.
 「俗世の生活と絶縁した一群は敵に向かって前進した、アラーへの道に死に場所を求め、 アラーの教え、預言者、同志を助け、その敵を辱めようと望んで。彼らはアラーに対して 正しい態度を貫いた、われわれはそう考えている。彼らの手を介してアラーが征服なさっ たのであり、自国にいる十字軍の輩の心に恐怖を植えつけて下さったのだ。」
 仏訳を一部修正して和訳してみたが、2箇所に出てくる「十字軍」への言及が目につく。 この執拗さからみて、イスラム教徒としての彼らの標的は十字軍にあるらしい。
 飛躍するようだが、1095年まで歴史をさかのぼって、時のローマ教皇ウルバヌス2世 Urbain II(フランス人、クリュニーCluny修道院出身)がクレルモン公会議Concile de Clermont-Ferrendの後、聖職者・騎士ら多くの会衆の前でおこなった演説harangueと 比較してみよう。原稿は残っていないが、いくつかの証言から推測される中身をWikipedia はつぎのように再現している。これがその後200年にわたって続く十字軍の出陣を促した。
 O peuple des Francs ! Peuple aimé et élu de Dieu ! De Jérusalem et de Constantinople s’est répandue la grave nouvelle qu’une race maudite, totalement étrangère à Dieu, a envahi les terres chrétiennes, les dépeuplant par le fer et le feu. Les envahisseurs ont fait des prisonniers ; ils en prennent une partie comme esclaves sur leurs terres, les autres sont mis à mort après de cruelles tortures. Ils ont détruit les autels après les avoir profanés.

十字軍の戦士 ※画像をクリックで拡大

 「フランクの民よ!神に愛され、選ばれし民よ!エルサレムとコンスタンチノープルか ら重大な知らせが伝わってまいった、呪われ、神とはまったく無縁な人種がキリストの土 地に侵入し、刃と火で住民を根こぎにしているとのこと。侵略者たちは住民を捕虜にし、 あるいは彼らの領土へ連れていって奴隷にし、あるいは惨たらしい拷問のあとで殺害にお よんだ由。奴らは神殿を冒涜した後、破壊するにいたった。」
 史的な背景を略述しよう。当時小アジアを支配していたのはビザンチン帝国Empire byzantinだが、トルコ系イスラム勢力のセルジューク朝Dynastie des Seldjoukidesの圧力 に抗しきれず、皇帝アレクシオス1世コムネノスAlexis Ier Comnèreはローマ教会に救援 を求めたのだった。これを知ったローマ教会は西欧世界の世俗権力に勝った勢いで、騎士 たちの抗争に終止符を打つ絶好の機会ととらえた。そこで、異教徒に対する聖戦の必要性 を唱え、参戦者には赦免absolution de leurs péchésの特権をあたえると訴えたのだ。
 Cessez de vous haïr ! Mettez fin à vos querelles ! Prenez le chemin du Saint Sépulcre, arrachez cette terre à une race maligne, soumettez-la ! Jérusalem est une terre fertile, un paradis de délices. Cette cité royale, au centre de la terre, vous implore de venir à son aide. Partez promptement, et vous obtiendrez le pardon de vos fautes ! Souvenez-vous aussi que vous recevrez pour cela des honneurs et la gloire éternelle au royaume des cieux.
 「仲間同士憎みあうのはやめよ!内輪もめをこれまでじゃ!聖墓への道を進め、あの土地 を邪悪な種族から奪い取り、服従させよ!エルサレムは肥沃な土地、至上の楽園なるぞ。 大地の中心にあるこの王都が皆に救いに来てくれと叫んでいる。即刻出発せよ、さすれば これまでの罪を許してつかわす!また、覚えておかれよ、参戦により皆はもろもろの栄誉 と天国での永遠の栄光を受けるであろう。」
 聖戦はやがて名のみと化し、略奪、殺戮など蛮行を生みだしたことは今やよく知られて いる。特にアミン・マールーフ『アラブの見た十字軍』(Amin Maalouf :Les Croisades vues par les arabes)以後は西欧とイスラム社会との見方の違いは学校の歴史教育(ムスリム の生徒も増えてきた)にも影を落としているというが、それに触れる余裕はない。ともかく 十字軍が一千年の時を隔てて、なお西欧世界の中心パリをテロの標的にするほどの怨念をイ スラム社会に植えつけたことに戦慄する。Djihardを「聖戦」と訳すのは誤用だとPetit Larousseは記しているが、手本を示したのは誰か、考えるまでもあるまい。

 
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