朝比奈 誼先生のフランス語にまつわる素敵なお話




セ・サンパ
感じいい!親切!ちょっと贅沢!「セ・サンパ」とパリジャンは表現します。そんなサンパなパリを、ほぼ毎週更新でご紹介しています。
野球って何だろう? 2017.01エッセイ・リストbacknext

吉田義男 ※画像をクリックで拡大
 吉田義男という名に反応する野球ファンは年配者にかぎられるだろう。阪神タイガースの往年のビッグスターだが、1989年~1995年、野球の普及を志してパリで野球チームの監督をつとめた。そのおり、ヤキトリ屋で隣同士になったことがある。印象に残ったのは、ただの同胞の私に、野球はフランス人には合わない、とつぶやいたこと。結局、フランスはオリンピック野球には出場できずにおわった。
 そんな記憶があるため、2016年10月22日付け「ル・モンド」紙が、アメリカ大リーグのワールド・シリーズphase finale de la Ligue majeure nord-américaineの時期に « Le base-ball répond à l’esprit rationaliste »「野球は合理主義精神にふさわしい」という大見出しの記事を載せたときにはビックリした。この見出しの下心は何だろう。Petit-Larousseを見ても、バスケットbasket-ball, basketやバレーボールvolley-ball, volleyの項にはイラスト入りでルールの説明があるのに、野球base-ballの項にはSport dérivé du cricket, très populaire aux Etats-Unis「クリケットから派生したスポーツで、米国で大人気」としか書いてない。それほど、この国ではなじみがない。それを見越したうえで、懸命に読者の気を引こうとしたのではないか。尤も、カッコつきのところがミソで、実はインタビュー記事であって、発言の主は記者ではなく、面談者なのだ。はたして、何者か?
 それはキューバ作家Leonardo Paduraで、全身写真が紙面を大きく占め、両手に握った野球のボールとバット大の紙巻タバコとをかざして、微笑んでいる。
 本題にはいる前に、時事的背景を二つ。一つは、7月20日にキューバは54年ぶりにアメリカとの国交を正式に回復したばかりであること(因みに、Fidel Castro前国家評議会議長の死は11月25日。このときはまだ存命だった)。もう一つは、パドゥーラはPrix Princesse des Astries「アストゥリアス皇太子賞」の文学部門賞(2015年度)を授賞したこと。これはスペイン皇太子の名を冠したスペイン最高の賞で、8部門にわかれ、2011年にはConcorde「平和」部門賞をles héros de Fukushima(福島原発の災害処理にあたった消防隊員・警察官・自衛隊員ら)が授賞している。
 さて、問題の写真は上記の文学賞の授賞式場で撮られたもの。それに関連して、会場での挨拶の間に野球のボールを取りだしたのは何故か、この質問に彼は答えた。
 Je voulais être là en tant que Cubain. Il y a des choses qui représentent les pays, mais ce sont des stéréotypes, comme le drapeau ou l’hymne. En revanche, une balle de base-ball représente vraiment Cuba.
 「私はキューバ人として出席したかったのです。国の象徴はいろいろありますが、国旗や国歌のようなものは月並みです。それに対して、野球ボールは真にキューバを象徴しています。」

レオナルド・パドゥーラ ※画像をクリックで拡大
 こうして、キューバでは野球が米国と同様に人気の高い競技であることがフランス人たちに明示されたわけだ。その上で、パドゥーラはこのインタビューで野球論を展開するのだが、その中には、野球を国技だとみなしている私たち日本人にとっても興味深い発言がいくつもある。ここでは二つにしぼって紹介しよう。
 一つは野球の、いわば理論的な解釈だ。
 Le base-ball est un sport très différent de toutes les autres pratiques sportives. C’est un sport créé au XIXe siècle, et il répond à l’esprit rationaliste. Tandis que les autres sports, comme le football, le basket ou encore le water-polo, sont la reproduction d’une bataille. C’est une armée contre l’autre pour la conquête d’un château. L’essence du base-ball, c’est de retourner chez soi. C’est pour ça que la base principale s’appelle home. C’est une conception complètement différente.
 「野球は他のどんな競技ともずいぶん違ったスポーツです。これは19世紀に作られたスポーツであって、合理主義精神にふさわしい。ところが、他のスポーツ、たとえばサッカーやバスケット、あるいは水球などは戦争の複製です。それらはある軍勢ともう一方の軍勢との対決で、城を攻略するために行われます。野球の本質はわが家に戻ることです。そのため、本塁は<ホーム>と呼ばれるのです。まるっきり違うコンセプトなんです。」
 問題の見出しはこの段落から抜かれた。19世紀のアメリカ合理主義に通じるという指摘は、この文脈で読むと、いかにもフランス人にアピールしそうな一面をもっている。だが、野球に通じているつもりの私たち日本人にも新鮮な見方を提供しているのではないか。
 Dans tous les autres sports, c’est l’équipe qui a le ballon qui est à l’offensive. Au base-ball, celui qui a la balle est dans la défensive. Ça change complètement l’essence du jeu. C’est pourquoi je crois que dans le base-ball, chaque action a d’infinies variations, quelque chose qui se passe avant, pendant et après.
 「他のどんなスポーツでも、攻勢に出るのはボールを支配しているチームです。野球では、ボールを支配している側は守勢に回ります。これがゲームの本質を完全に変えてしまいます。ですから、思うに、野球では、どのプレーも無限の変化をもちます。何か別のことが 事前、最中、事後におこるのです。」
 もう一つは、一転して、野球に関する精神論だ。
 Mon expérience de joueur de base-ball a été très importante pour moi. Pas seulement du point de vue sportif et culturel, mais surtout pour la formation du caractère.Depuis les jeux des enfants jusqu’aux professionnels, on doit le pratiquer avec tout le sérieux nécessaire, on est toujours en compétition. Cet esprit de compétition m’a aidé à devenir écrivain.
 「野球選手としての経験が私にとってはとても大切でした。スポーツや文化の観点からそうであるだけでなく、とりわけ人格形成にとって大切でした。子供からプロ選手のプレーにいたるまで、必要な真剣さをフルに発揮して取り組まねばなりません。つねに競争状態なのです。この競争心に助けれて、私は作家になれたのです。」
 いってみれば「野球道」の主張だ。私たちにはなじみの考え方だが、キューバ作家の口から出た意見となると、あらためて野球というスポーツの奥深さを見直したくなる。


 
筆者プロフィールbacknext

【NET NIHON S.A.R.L.】
Copyright (c)NET NIHON.All Rights Reserved
info@mon-paris.info