朝比奈 誼先生のフランス語にまつわる素敵なお話




セ・サンパ
感じいい!親切!ちょっと贅沢!「セ・サンパ」とパリジャンは表現します。そんなサンパなパリを、ほぼ毎週更新でご紹介しています。
オルバン旋風 2018.4エッセイ・リストbacknext

ビクトル・オルバン首相
 ハンガリーの総選挙で与党が大勝、Viktor Orbanが3期目の首相となることが決まった。それを伝えるル・モンド紙(4月10日付)の記事に気になる発言があった。
 « Vous les Français, vous nous crachez dessus, affirme, par exemple Lehel, un jeune militant. Vraiment, je ne vous comprends pas. Vous n’avez pas vu assez de sang couler le soir du Bataclan ? Vous voulez toujours intégrer les migrants ? Orban est un visionnaire, le plus grand homme politique d’Europe. Sa politique est la bonne ! Vive Trump, vive Poutine et vive Orban ! »
 「<あんたたちフランス人はぼくたちを馬鹿にしていますね>と、たとえば、若い活動家のひとりレヘルは断言した。<まったくのところ、ぼくにはあんたたちのことが分かりません。バタクラン劇場の夜に十分な血が流れたのを見たんじゃないんですか?あいかわらず、移民を同化させるつもりなんですか?オルバンは千里眼で、ヨーロッパ最大の政治家です。彼の政策は正しい!トランプ万歳、プーチン万歳、オルバン万歳!>」
 青年がいうのは、2015年11月にパリと周辺部で起きた同時多発テロのこと。特に、都心のバタクラン劇場では死者89名、多数の負傷者が出た。犯人として逮捕された者は、モロッコ系ベルギー人、アルジェリア系フランス人たちだった。この事件をうけて、移民受け入れ反対のオルバンの支持者は、フランス人はまだ懲りないのか、というわけだ。
 3月23日にテロを経験したばかりのフランス人は複雑な気持だろう。それにしても、上の意見で気になるのは、トランプとプーチンが並んでいることだ。メキシコとの国境に壁を作るという米国大統領に喝采を送るのは当然かもしれぬが、KGB出身の独裁者を同列に扱うのはどんなものか。なぜなら、ハンガリーこそは鉄のカーテンの向うで最初にスターリン体制に反逆した国であり、ソ連軍の戦車に蹂躙されて改革の芽をつぶされた最初の国でもあったからだ。あの時、数千人がソ連軍に殺され、難民として国外に出た人の数は25万をくだらなかった。この過去をわすれないためにこそ、蜂起初日の1956年10月23日が「ハンガリー革命の日」として国祭日になっているのではなかったか。
 オルバン自身も、1989年に政界にデビューしたころは、敵はソ連であり、ソ連軍の撤退を望んでいた。それが今度の選挙では、移民に寛容なMerkelを敵視し、EU内に旋風を起こした。結局、配下の活動家は彼の政策を賛美し、プーチン崇拝にも疑問を感じなくなった。この流れにオルバンは国民を引きこんだのだ。ポピュリスムはおそろしい。
 飛躍は承知で、またまた、ラ・フォンテーヌの寓話に登場願おう。Les Grenouilles qui demandent un roi「王をもとめるカエル」(Livre III, 4)である。
     Les Grenouilles se lassant
         De l’état démocratique,
         Par leurs clameurs firent tant
     Que Jupin les soumit au pouvoir monarchique.

     「カエルたちが、民主政治に
         あきあきした、と
         例の大声でがなりたてたので、
     ジュパンは彼らの国を王権に委ねることにした。」

 「ジュパン」はジュピターのこと。世界の支配者として、カエルの意向にしたがい、民主政から王政への転換を承認したわけだ。彼が最初の王として天から沼に落としたのは、一本の梁だった。カエルたちは轟音とともに登場したのは巨人だと考え、いったんは怯えたが、やがてただの材木だと分かると、馬鹿にしてその上に飛び乗り、遊び道具にする始末。

     Le bon sire le souffre, et se tient toujours coi.
     Jupon en a bientôt la cervelle rompue:
      « Donnez-nous, dit ce peuple, un roi qui se remue. »
     Le monarque des dieux leur envoie une grue,
         Qui les croque, qui les tue,
         Qui les gobe à son plaisir ;
         Et Grenouilles de se plaindre,
     Et Jupin de leur dire : « Eh quoi ? votre désir
         A ses lois croit-il nous astreindre ?
         Vous avez dû premièrement
         Garder votre gouverenement ;
     Mais, ne l’ayant pas fait, il vous devait suffire
     Que votre premier roi fût débonnaire et doux ;
         De celui-ci contentez-vous,
         De peur d’en rencontrer un pire. »

     「王様はこの無礼に耐え、あいかわらず落ち着いていた。
     ジュパンは、たちまち、やかましい抗議をうけた。
     <お与えください>と民衆は言った。<動く王様を。>
     神々の王は一羽のツルを派遣した。
         こいつは彼らをばりばりとつまみ、殺し、
         好きなだけ呑みこんだ。
         さっそく、カエルたちは訴え出た。
     ジュパンは彼らに言った、<何事か?汝らの望みは
         自分の掟にわれら神々を従わせようというのか?
         汝らはそもそも
         自分たちの政府を維持すべきところだった。
     ところが、そうしなかった以上、最初に与えられた王が
     おとなしくて優しい、というだけで十分だったはず。
         今度の王で満足するのだな、
         もっと酷いのに会うのが怖かったら。>


ギュスターヴ・ドレの挿絵 ※画像をクリックで拡大
 要は王政か共和政か、というところにはなく、ポピュリスムの弊害というに尽きる。この寓話のカエルに、オルバンに操られる民衆が重なることは明らかだろう。しかも、これを対岸の火事と考えることはできない。トランプ、プーチン、…万歳といわれるのを待っている政治家は身近にもいることを忘れてはいけない。
   
 
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