朝比奈 誼先生のフランス語にまつわる素敵なお話




セ・サンパ
感じいい!親切!ちょっと贅沢!「セ・サンパ」とパリジャンは表現します。そんなサンパなパリを、ほぼ毎週更新でご紹介しています。

ポリティカル・コレクトネス 2019.2エッセイ・リストbacknext

The dangerous case of Donald Trump ※画像をクリックで拡大
 ル・モンド紙(1月18日付け)にLe Japon politiquement incorrect?「政治的妥当性を欠く日本?」という記事が載った。筆者はベテラン記者Philippe Pons。「政治的妥当性」と訳したのは、仏記者の念頭にはpolitical correctnessという米語があり、日本ではこの訳語を当てているからだ。これは「人種・宗教・性別などの違いによる偏見・差別を含まない、中立的な表現や用語を用いること。1980年代ごろから米国で、偏見・差別のない表現は政治的に妥当であるという考えのもとに使われるようになった」(デジタル大辞泉)と説明される。policemanが’police officer、Merry ChristmasがHappy Holidayになったようなもの。それにしても、なぜ記事がこんな見出しになったのか?
 一つの理由はtrumpisme(前回とりあげた「トランプ流<ごりおし>」)にある。The dangerous case of Donald Trump『ドナルド・トランプの危険な兆候』(27人の精神分析医・心理学者が精神科医の倫理綱領「直接診察し、かつ、適切な許可の下でない限り、有名人についてコメントすることは非倫理的な行為である」に敢えて背反する決意をし、各自が大統領の症状を診断し、その危険性を訴えた警醒の書。邦訳も出た)には、大統領がポリティカル・コレクトネスに背いていることが随所で問題にされている。今度の一般教書演説State of the Union Address ;Discours sur l’état de l’Unionのテレビ中継を見ただけで、専門家の指摘の正しさが分かった。いくら言葉の上でtogetherを連呼しても、協賛の拍手は共和党の議席からしか起こらない。彼がpolitiquement incorrectであることを議会も国民も悟ってしまった。偏見・差別による分断が定着してしまったことになるが、その責任は当人にあるとしか考えられない。国際的にも同じことで、2月1日米国が中距離核戦力全廃条約Intermediate-Range Nuclear Forces Treaty;Traité sur les forces nucléaires à portée intermédiaireを破棄した結果、軍拡競争に火がついてしまった。(むろん、大統領の背後には軍需産業が控えていて、彼らの業界は大喜びだろうが。)
  もう一つの理由、これこそが問題なのだが、日本がトランプ流をまねて(ポンスによれば、 un trumpisme au petit pied「小型のトランプ流」)、国際的な良識の規範に背き、孤立の道を選んだこと。記者はいくつかの出来事(その中には、2018年だけで15人に達した死刑の執行や、竹田IOC委員のオリンピック招致にかかわるcorruption active「贈賄」容疑もある)をとりあげているが、ここでは二点だけを問題にする。
 一つはCarlos Ghosn日産自動車前会長の長期にわたる勾留garde à vueである。記者はles carences du système judiciaire japonais au regard des normes de la plupart des démocraties avancées en matière de présomption d’innocence「無罪推定の原則に関して日本の司法制度が大多数の先進民主主義国の基準に比して持つ欠陥」が露呈されたという。 「無罪推定の原則」とは、刑事容疑者・被告人は有罪が確定するまでは無実の者として扱われるべきだとするもの。これは近代刑事法の大原則だから、ゴーン氏があたかも犯罪者と決まったかのように勾留される事態をポンス記者が問題視するのは当然だろう。この措置に関する国際的な悪評は日本のマスメディアを通じても伝えられていたが、この記事は一歩踏みこんで、国際会議の議題になることまで見通している点が注目される。
 Au prochain congrès de l’ONU sur la prévention du crime et la justice pénale, qui se tiendra à Kyoto, en avril 2020, le cas Ghosn attirera peut-être l’attention sur cette procédure reflétant une conception de la justice marquée par l’héritage néoconfucéen visant à obtenir du suspect qu’il admette sa faute: s’il bat sa coulpe, il peut être libéré sous caution. En revanche, s’il s’obstine à nier, il risque de rester en détention jusqu’à son procès.
 「2020年4月に京都で開かれる犯罪予防と刑事裁判に関する国連会議でゴーン事件はこの訴訟手続きの点でおそらく議題になるだろう。これには、容疑者の自白を目指す新儒教主義の影響を残した正義・裁判観が反映され、容疑者が罪を認めれば(記者はことさら<mea culpaを唱えながら胸を叩く>という古風な表現を用いている)保釈される可能性がある。逆に、否認を続ければ、裁判まで未決勾留されるおそれがある。」
 二つ目は国際捕鯨取締条約International Convention for the Regulation of Whaling ;Convention internationale pour la réglementation de la chasse à la baleineからの脱退である。これはゴーン問題のような諸国の基準との食い違いではなくて、政治的な決定だとして、記者はこう続けている。
 Se retirer avec fracas d’une instance de dialogue semble peu compatible avec le credo diplomqtique visant à chercher des compromis.La « tradition culturelle » invoquée pour justifier la chasse à la baleine semble surtout servir les intérêts du petit lobby des ports baleiniers du sud-ouest du Honshu, car on ne peut pas dire que les Japonais apprécient outre mesure la chair de baleine : par habitant, ils en consomment 54 grammes par an.
 「対話の場からの騒々しい脱退は、あくまでも妥協点を求めようとする外交上の信条とは相容れないように思われる。捕鯨を正当化しようとして持ち出された<文化的伝統>というのも、とりわけ本州南西部の捕鯨船基地港の圧力団体に役立つように思われる。なにしろ、日本人が無闇に鯨肉を好むとは言えないからだ、一人当たりの消費量は年間54グラムなのだから。」

捕鯨船とグリーン ピース ※画像をクリックで拡大
 petit lobbyの背後に自民党の政治家が見え隠れしていることは日本でも周知のことだが、気になるのは、国際協定からの脱退、という事実である。というのも、日本の敗戦国への転落は国際連盟からの脱退に始まったからだ。リットン報告書rapport Lyttonが満州の中国への返還を求めた時、日本は反対し、国際連盟Société des Nationsを脱退した。この経過の記述には同じ動詞se retirer(名詞はretrait)が使われていたことを銘記しよう。
 ポンス記者は書いている。On voit mal ce que le Japon retire du fait d’apparaître aussi ouvertement « incorrect » sur une question de protection d’une espèce menacée qui fait largement consensus...「よく分からないのは、ひろくコンセンサスが得られている一絶滅危惧動物の保護問題について日本がこれほど公然と<政治的妥当性を欠く>ように見えるという事実から日本が何を得られるのか、ということ。」
 わたしにも分からない。分かるのは、今の政権がトランプ大統領に追随し、トランプ流を真似ようとしているということだ。ぜひ『ドナルド・トランプの危険な兆候』を読んでもらいたい。そこでは「彼はヒトラーよりも怖い」という警告が鳴りつづけている。

 
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