朝比奈 誼先生のフランス語にまつわる素敵なお話




セ・サンパ
感じいい!親切!ちょっと贅沢!「セ・サンパ」とパリジャンは表現します。そんなサンパなパリを、ほぼ毎週更新でご紹介しています。
 
戦争の回避 2023.05エッセイ・リストbacknext

戦勝記念日(モスクワ)
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 ウクライナ侵攻の際、Poutine大統領がguerre「戦争」と言わず、une opération militaire spéciale「特別軍事作戦」と称したことは世界が知っている。それから15か月、5月9日、la Victoire contre l’Allemagne nazie「ナチス・ドイツ戦勝利」記念の式典で、大統領は強調した。
 Une véritable guerre est à nouveau menée contre notre pays.
 「我が国に対して、またしても本当の戦争が仕掛けられている」
 ウクライナの背後には欧米がいて、彼らがロシアに仕掛けている戦いこそ「本当の戦争なのだ」と、ロシア国民に訴えたつもりだろうが、それでは、ウクライナで起こっている惨劇はいったい何なのか。
 これに先立つ5月5日、フィガロ紙がつぎのような見出しの記事を載せた。 Dimitri Minic : «En Ukraine, les Russes ont voulu contourner la lutte armée, mais ce fut un fiasco total»
 「デイミトリ・ミニク曰く<ウクライナで、ロシアは武力闘争回避を望んだが、完全な失敗に終わった>」
 ミニク氏はソルボンヌ大学ロシア・ユーラシア研究センターの研究員、このほど「ウクライナ戦争における武力闘争回避」に関する著書を出した。このロシア政治戦略の専門家とのインタビューが、記事になったのだ。このドクトリンの中身を問われたのに対し、元来はドクトリンではなくtropismeだった、と氏は答える。これは植物の「屈性」、動物の「向性」を指す語だが、プチ・ラルース辞典は比喩的な転義がありForce obscure qui pousse un groupe, un phénomène à prendre une certaine orientation「ある集団、現象を一定の方向に向かわせる目に見えぬ力」と説明する。この「力」がどのようにして武力闘争回避策を生むにいたったのか。
 Dans les années 1990, très marquées par la Guerre froide et la dislocation de l'URSS sans confrontation militaire directe, les élites militaires ont commencé à théoriser l'idée que la lutte armée passait au second plan dans l'atteinte des objectifs politiques décisifs.Elles ont fini par changer leur concept de guerre et considérer que la guerre commençait en réalité bien avant les actions de combat directes et même que ces dernières n'étaient plus obligatoires ; que les moyens non militaires (informationnels, cybernétiques, économiques, diplomatiques, politiques, financiers, culturels…) et militaires indirects (forces spéciales et paramilitaires, insurgés, dissuasion stratégique, emploi dissimulé d'unités régulières…) étaient aujourd'hui assez puissants et efficaces.
 「1990年代で目立つのは冷戦ならびに直接的な武力衝突なしのソ連解体だが、軍事エリートたちはこの頃から、決定的な政治目標の達成においては、武器による戦闘は副次的な位置に留まるという考え方の理論化を始めた。そのあげく、戦争のコンセプトを変えてしまい、戦争は実際には直接的な交戦よりもずっと前に始まる、さらに、交戦はもはや必須ではないとまで考えるようになった。非軍事的な手段(情報、サイバー、経済、外交、政治、金融、文化…)や間接的な軍事手段(特殊部隊および準武装勢力、反乱軍、戦略的な抑止、変装正規兵の侵入…)が今日では十分に強力で、有効になったと考えるようになった」
 2014-2015年に行われたCrimée 半島やDonbass地方の間接的な侵攻がミニク氏のいう「回避」作戦の行使であるとすると、それはまんまと成功した。これに力を得たモスクワ政府は、戦争の大部分を間接的な作戦行動でまかなうという回避策を準備し、強化した。ウクライナ周辺の軍事演習、モルドヴァやシリアまでも含めた軍事力の誇示、WagnerやKadyrovtsyのような準軍事組織の活用、反政府勢力の育成など、すべて今回のウクライナ侵攻を見越した回避策だったとするミニク氏の説明は納得がいく。
 L’opération militaire spéciale devait être la conclusion armée, mais limitée de toutes ces actions indirectes. Sauf que cette deuxième application du contournement a été un fiasco total.
 「特別軍事作戦はこうした間接作戦行動の結びとして、武力を使うが限定的なものであるはずだった。ところが、この回避策の第二段階が完全な失敗に終わってしまった」
 失敗の原因はどこにあるのか?ミニク氏の指摘は、大別して二つある。
 第一は直接的な原因で、戦争回避に必要な政治目標を達成する自らの能力を過大評価していたこと、それが不十分なまま特別軍事作戦に踏み切った結果、戦闘が長期化し、消耗戦と化した時の準備がなかったこと。ウクライナの戦況についてわたしたちが知らされていることから判断するかぎり、ミニク氏の指摘は的を射ているとみとめざるを得ない。
 興味深いのは、第二の原因だ。というのも、ミニク氏は、この回避策はそもそも西欧への対抗策だと指摘しているからだ。ロシア側がこの策を理論化した背景は以下の通りだ、と氏はいう。
 C'est en partie parce qu'elles[=les élites militaires russes]sont persuadées (à tort) d'en être la première victime. C'est parce que le monde et en particulier l'Occident, prétendument maître de la subversion, mènerait une guerre indirecte contre la Russie, qu'il est nécessaire de répondre avec les mêmes armes. En donnant une portée extraordinaire à ces pseudo-actions indirectes occidentales que la Russie (et le monde) subirait, les élites militaires russes ont fini par croire qu'elles pourraient atteindre des objectifs aussi grandioses par les mêmes moyens et méthodes. Problème : tout cela est une illusion, un mirage, qui a joué un rôle central dans l'échec de l'opération militaire spéciale.
 「ロシアの軍事エリートたちが(誤って)自分達が最初にやられると思いこんだからだ。世界、特に西欧が(ロシアの)瓦解を主導していると誤解した結果、ロシアに対し間接的な戦争を仕掛けているらしいから、同じ武器を用いて対抗する必要があるからだ。ロシア(および世界)を対象とした西欧による間接作戦行動なるものを途方もなく誇大に考えて、ロシアの軍事エリートたちはこう信じるにいたった、西欧と同じ手段・方法を用いてこそ同じく壮大な目的を達成できるだろう、と。問題は、 こうしたことはすべて幻想であり、幻影であるということ。これが、特別軍事作戦の失敗において、中心的な役割を演じることになった」

Dimitri Minic氏
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 要するに、プーチン大統領が発言するより先に、「本当の戦争」という申し開きをするだろうということをミニク氏は察知していたのだ。その上で、それが二重三重の誤解に基づく「幻想」にすぎないことを見破っていたのだ。その慧眼には脱帽するしかない。
 ただ、気になるのは、回避策に関わる発言のすべてがles élites militairesまたはles militaires russesを主語にしていることだ。わたしたちは、とかく「プーチンさえいなければ」災いが消滅するかのように考えがちだが、ミニク氏の判断が正しいとすると、プーチンが権力の座から去ったところで、ウクライナ情勢に変化が起こるはずがないことになる。悲しいかな、「本当の戦争」(実は「幻影に対するドン・キホーテ的な戦争」なのだが)ははてしなく続くことになる。



 
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