ケイのわんぱく物語
日仏ダブルの小学生ケイ君が送る、パリの子供たちの元気な日常。



セ・サンパ
感じいい!親切!ちょっと贅沢!「セ・サンパ」とパリジャンは表現します。そんなサンパなパリを、ほぼ毎週更新でご紹介しています。
第9回  舞踏会デビュー! 2009.11エッセイ・リストbacknext
 

 親愛なるケイ 誕生日舞踏会 ○月○日(土) 15時から17時までスービズ館にて
きっと来てね! エルマンス

 「舞踏会だって! エルマンスってあの、えくぼのあるかわいい子でしょう?」
 ピンクの紙に、タイプで打たれた文字、ハートやラメの飾りがいちめんに散らされています。ケイ、と名前のところだけ手書きです。    
 「そうだよ、ぼく踊りまくるんだ!」
 やたら腰をふりまわして踊りだすケイ。学校から帰って、おやつのマドレーヌでほっぺたをふくらませています。こどもの誕生会、最近ではいろんなところで催されるようになりました。遊園地、おもちゃ屋さん、水族館、美術館・・・または家にピエロを呼んだり。出産大国のフランス、こどもを対象にしたサービスには欠くことをありません。

 2週間後の土曜日、家族でマレ地区の一角にあるスービズ館へたどり着くと、もう10人ほどのこどもが庭園で遊んでいます。その中から一人の女の子が、私たち家族を見つけると走りよってきました。視線はケイの抱えるプレゼントの袋にしっかり注がれています。
「誕生日おめでとう、はい、これ」
「ありがとう! ケイも鬼ごっこする?」
 二人が駆けだしていくと、私と夫は、館の入り口に立っているエルマンスの両親に挨拶をしに行きました。
「来てくださってありがとう、今日はみんな王子さまとお姫さまになって踊るんですよ」
 黒い巻き毛のショートカットで、知的な雰囲気のエルマンスのお母さんは、ルーブル美術館の学芸員さんでした。お父さんは管理職かな? 貫禄ある熟年の紳士です。
そしてもうひとり、館の女主人とでもいった風情の、上品な中年のマダム。
「彼女はエレーヌ、ここで誕生会を取り仕切ってくれるの」
「こんにちは。もしよかったら館内を見学されていかれてもかまいませんのよ」

 彼女の言葉に甘えて、私たちも館内を見学してみることにしました。『フランス国立文書館』というのが、現在のスービズ館に与えられている名称です。ジャンヌ・ダルクの手紙や、ルイ16世夫妻の遺書など、数々の貴重な文書が保管されてあります。14世紀に創建され、宗教戦争をかいくぐり、18世紀スービズ公によって購入され華やかなロココ時代を過ごしたあと、革命と同時に館は国の所有になりました。ナポレオン3世が現在の文書館の原型、歴史博物館を作っています。
 高い天井、床は黒と白の大理石の石松模様、階段には赤い絨毯が敷かれ、手すりは瀟洒な鉄細工で、マレにはよく見られる典型的な18世紀の館です。
 階上にのぼり、ショーケースのなかの資料を見ていきました。エッフェル塔で有名なエッフェルが苗字の変更を申請しています、元の苗字はBonickhausenですって。ロシア人のマルク・シャガールが移民局に、フランスに帰化するための長い手紙を書いています。
「しーっ! 静かに、騒がないで!」
 女性の声と子どもの喚声が、奥のサロンから聞こえてきました。これはきっと誕生会だなと行ってみると・・・わぁ! みんな18世紀風の衣装をつけています。
「さぁ、これからみんなでお辞儀の練習をします、踊りを申しこむまえにはちゃんとお辞儀をするものです」
 まるで宮廷女官のようなエレーヌ。
「まず王子さま、目の前のお姫さまの前へ進み出て、右手を胸に、右足を後ろに少しかがんで礼をします。ケイ、やってみて」
呼ばれたケイは、赤くなりつつ、ギクシャクしながら前へ進み出て、なんとか一礼。でも、
「あなた、どこを向いて礼をしているの?」とエレーヌ。
顔をあげたケイの前には誰もいず、少しずれた位置でローラがニヤニヤ笑っています。一同大爆笑! ああ見てられない。次に指されたのはタデ、ドイツ系にちがいない風貌をもつ彼、素直な金髪が形のよい頭にぴたりとはりついています。優雅な足どりでレアの前に進み寄ると、大げさなほどの身振りで一礼、まるで本物の貴公子みたい、レアもぽうっとなっていました・・・。

 その後、マレを散策してきた私たちが館に戻ると、舞踏会は終了、迎えにきた親たちに今日の報告をしているこどもたちの瞳が、シャンデリアのもとでキラキラと輝いているばかりでした。
「また学校でね!」
 マフラーと帽子でしっかり防寒され、小さな貴族たちは舞踏会場をあとにしたのでした。

 


 



国立文書館(スービズ館)、立派な門構え。常時展のほかに、臨時の展覧会も。60, rue des Francs-Bourgeois - 75003 Paris   http://www.archivesnationales.culture.gouv.fr/ 


マレ地区には他にも、このような貴族の館がたくさん残り、現代に生かされています。ピカソ美術館などもそうです。


文書館を後ろから見たところ、窓がひとつもありません! 国の大事な保管庫ですものね。


スービズ館の調度品を前に、歴史の勉強も、誕生日会に組みこんでありましたよ。


当時の貴族子女たちも、こんな風に踊りのレッスンを受けていたのでしょうか?


このあと踊ってから、ちゃんと誕生ケーキも食べたそう。このような誕生会は、こども15人、ケーキ、アトリエ込みで200ユーロ前後ぐらい。こどもも大きくなってくると知的好奇心も増し、親だけではもてあまし気味になるのでこのようなサービスを利用することが多くなるとか。


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