朝比奈 誼先生のフランス語にまつわる素敵なお話




セ・サンパ
感じいい!親切!ちょっと贅沢!「セ・サンパ」とパリジャンは表現します。そんなサンパなパリを、ほぼ毎週更新でご紹介しています。
日仏経済摩擦
2006.5エッセイ・リストbacknext

Jean Lassalle議員
  経済摩擦les frictions économiquesは日米間ではともかく、日仏間では昔語りにすぎないとばかり思っていたら、とんでもない。最近日本企業・現地法人の工場移転に反対した地元代議士がハンストla grève de la faimを39日間もつづけ、ついに計画撤回をかち取るという、涙ぐましくもマンガじみた事件がおきた。日頃フランスには冷淡な日本のマスコミも競って報道した。問題の工場のあるアクーAccousはピレネー山脈の谷あいの町(人口3000弱。20年前は500弱)。日本企業の撤退は150人の従業員のみならず町全体の経済にも打撃をあたえる。ジャン・ラサールJean Lassalle議員(与党の一翼をになうUDFフランス民主連合所属)が文字どおり体を張って阻止しようとしたのも無理はない。
  しかし、言論と品格を重んじる国として知られるフランスの政治家の行動としてはいかにも芸がない。それを容認した今の仏政界は、一月ほど前のデモ騒動のあおりで歯車が狂いっ放しという印象をあたえる。ル・モンド紙によると、緑の党Verts(野党)のマメール代議士は同僚議員への「敬意」を口にしつつも、ハンストというのは「わが国の政治制度が病んでいることの兆候」le symptôme de ce que notre système politique est maladeだと嘆いたそうだが、貧すれば鈍するというところか。
 他方、内務大臣と日本の東洋アルミ代表との間に成立した協定(日本企業がアクーからの移転計画を断念するかわり、フランスの国および地方政府はアクーでの拡張工事にともなう追加費用le surcoût éventuelを援助する)の調印式に同席した日本の平林駐仏大使はavec le couteau sous la gorge「(のど元に短刀を突きつけられて→)脅迫をうけた状態で」はどんな交渉も進められぬ、と不満を隠さなかったという。

Lacq産業地区
  もっとも、わたしがこの出来事に興味をひかれたのは政治や経済のせいではない。一つは、Toyal社の移転先がラックLacqだったという点である。というのも、40年近く前ピレネー山麓ポーPauに1カ月ほど滞在し、ここを流れるポー川の下流に位置するラックにも土地鑑があるからだ。地下に埋蔵された豊富な天然ガスを利用して、当時すでに工場が立ちつつあった。これだけ考えても魅力的な立地条件にちがいない。その一方、問題のアクーには足を運んだことはないのだが、ポー川の支流オロロン川の上流というか源流にあたるアスプ川のほとりに位置し、今はハンググライダーla parapenteの拠点というから、ピレネー山脈の山懐に深くわけいった僻地にちがいない。効率的なビジネス運営を目指す以上、同社がそこを捨てて、もっと開けて便利なラックを選んだのも当然だろう。
  ところで、余談だが、このあたりでは川をle gaveという。だから、上記の川はGave de Pau、Gave d’Oloron、Gave d’Aspeと呼ばれる。最後のアスプ川 とGave d’Ossauの合流地にOloron Sainte-Marieという古い町がある。オロロン・サント=マリという地名は、北海道でウミガラスをオロロン鳥と呼ぶことに関係するのか、妙に哀愁をそそる。この古風で詩的な響きを聞いただけで、自然の豊かさとともに昔の生活文化の名残を色濃くとどめたこの地域の魅力が偲ばれるのではなかろうか。反面、Toyalは化学工場の拡張を計画していたというから、何より先に環境汚染la pollutionへの対策に取組む必要がある。フランス側は会社にラックへの移転を断念させた代償として、中央も地元も多大な対策費の負担を覚悟しなくてはならないだろう。

  わたしの興味の第二はル・モンド紙の記事に出てきた動詞prévenirの用法である。代議士救援には大統領も積極的に動いたようだが、黒幕はサルコジ内相だったらしい。彼は国土開発l’aménagement du territoireの担当大臣でもあるから当然の出番ではあるが、内務省での調印後いち早く協定の中身を公表してしまった。そこには、次期大統領選挙向けジェスチャーの気配が漂う。それを皮肉ったのが記事のつぎの部分である。
  On ne cache pas à l’Elysée que c’est lui(=M. Sarkozy ) qui a prévenu le président.(下線は朝比奈)
  この下線部をどう訳すか。用法が要注意の動詞だが、意味の広がりにも油断がならない。
①「予告する、通報する」の系統:
「遅れるようなら、前もって言っておいてください」
Si vous arrivez en retard, prévenez-nous.
If you arrive late, tell(warn) us.
「事故の場合は管理人に通報してください」
En cas d’accident, prévenez le concierge.
In case of accident, please notify the concierge.
②「予防する、防止する」の系統:
「感染を徹底的に予防する」
prévenir tout risque de contagion
to guard against any risk of infection
③「(先回りして)かなえる、封じる」の系統:
「その看護婦(師)は患者の望みを言われるより先にてきぱきとさばいた」
L’infirmière a prévenu tous les désirs de son malade.
The nurse anticipated her patient’s every need.
④「(人に)良い・悪い先入見を与える」の系統:
「交友関係が芳しくないため、上司は頭から彼を白い目で見た」
Ses mauvaises fréquentations ont prévenu son supérieur contre lui.
The bad company he kept prejudiced his superior against him.
  さて、上の例はどれに当たるか。目的補語がle présidentで人を表わす語だが、四つの中では③の類型に属するとみてよかろう。そこで思いつくのは、つぎのような訳だ。
「彼の方が大統領を出し抜いた、これは大統領官邸(周辺)では隠れもない事実である」
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