朝比奈 誼先生のフランス語にまつわる素敵なお話




セ・サンパ
感じいい!親切!ちょっと贅沢!「セ・サンパ」とパリジャンは表現します。そんなサンパなパリを、ほぼ毎週更新でご紹介しています。
ハイチ地震(2) 2010.3エッセイ・リストbacknext

ユニセフの「ハイチ地震支援募金」の案内から。

 malédictionという語に見合う日本語は何か。「呪い」系なのか「不運」系なのか。これが前回からの宿題だが、その後は、catastrophes「大惨事」の残骸を掘り起こすにつれてpauvreté「貧困」の地肌が白日の下にさらけだされるという印象である。あれを見れば、「呪い」も「不運」も当たっているし、片方だけでは足りないともいえるのではないか。

 ところで、災害がらみの貧困というと、すぐ持ち出されるのは統計資料だ。つまり、ハイチ都市住民の70%がスラム街bidonvillesで暮らしているとか、国民の78%が日に2ドル以下で生活しているとか。すでにこれだけでも驚くべき数字だが、注意したいのはその先だ。1月23日付のル・モンド紙は仏・英・米3人の専門家によるrisque sismique「地震の危険」をめぐるシンポジウムから興味深い見解を紹介している。それによると、地震による住民100万人あたりのle risque annuel de mort「年間の死亡リスク」はArménie92人、Turkménistan41人、Iran29人、Pérou25人。これに対し、Californie(活断層の上に位置しているが)は0.6人、France(sismicité「地震活動の活発度」が低い)にいたっては0.008人だという。この地理的格差につぎのデータを重ね合わせてみよう。
 Un écolier a 400 fois plus de probabilités de mourir dans un tremblement de terre à Katmandou qu'à Tokyo
 「カトマンズの小学生が地震で死ぬ確率は、東京の小学生の400倍である」つまり、それだけ敏感にインフラ整備の格差が生死に影響する。
 そこから出てくる専門家たちの結論は、予想されたことではあるが、les pays à fort risque sont tous à faible produit national brut(PNB) par habitant「高リスクの国はすべて一人あたりの国民総生産GNPが低い」というもの。要するに、貧困が地震の被害をどこまで増大させるか、ハザード研究の精度が高まってきていると認めざるをえない。
 話は数値の次元にとどまりはしない。現地の事情に詳しいPatrick Coulombelの発言に耳を止めよう。彼はarchitecte de l’urgence「緊急対策建築家」として、Sri Lnaka, Iran, Sumatraなどの災害現場で実績を積み、ハイチでも前に触れたハリケーン被害の復旧にタッチした人物である。彼は、Port-au-Princeの建物は3種に大別できるという。
 D'abord, un important patrimoine de style colonial, assez beau.
 「まず、コロニアル様式の大きな遺産建造物で、かなり壮麗なもの」
  Ensuite, beaucoup de gros édifice à ossature en béton construits au XXe siècle.
 「つぎは、数多いが、20世紀に建てられた骨組み構造のコンクリート大建築」
 Enfin, il y a l’habitat populaire, des bidonvilles plus ou moins consolidés, souvent situés dans les ravines et à flanc de colline, avec des maisons de tôle, de planches, de briques.
 「最後は、庶民住居。多かれ少なかれ補強されたスラム街で、しばしば谷底や丘の中腹にあり、建物はトタン・板張り・れんが積みだ」
 注目したいのは、「最も危いのは3種のうちどれか?」という記者の質問に対する回答だ。一見危なそうな第3種は素材が軽く、建物が低く、基礎構造がないから、危険も少ない。心配は地滑りでまるごと持っていかれることだという。その逆が第2種の場合だ。
 Les bâtiments en béton, eux, ont un poids bien plus considérables et ils n'ont pas été construits selon des normes parasismiques. Ce sont de simples structures de poteaux et de poutres. On construit en béton parce que c'est beaucoup moins cher que des structures en acier, qui résistent mieux aux séismes.
 「コンクリート建築の方は重量がずっと大きい上に、そもそも耐震基準にしたがって建てられていない。単純な柱と梁の構造物だ。コンクリート建築にするのは、材料が鉄筋構造よりずっと安いからなのだ。鉄筋なら地震にはもっとよく耐えられるのに」
 結局、安いからというので鉄筋や鉄骨を抜きにしたコンクリートのビルが市街地を埋めることになるが、恐ろしいのはつぎの指摘だ。そもそもmise en oeuvre du béton「コンクリート練り」には相当な技術がいるのであり、その処理がうまくなければ被害は甚大になる。
 Or la plupart des gens compétents sont partis d'Haïti. Il y a peu d'architectes et d'ingénieurs sur place pour construire bien. En 2008, une école s'était écroulée toute seule à Pétionville, une banlieue de Port-au-Prince. Le gouvernement avait alors estimé que 60 % des constructions ne respectent pas les normes de base.

「コワレモノ注意」

 「ところで、有能な人材はたいていハイチから出ていってしまった。ちゃんとした工事のできる建築家・技術者は現場にほとんどいない。2008年にはポルト・オ・プランス郊外ペチオンヴィル所在のある学校がひとりでに倒壊してしまった。その時、政府が公表したところでは、建築物の60%は建築基準を守っていない」この記事の見出しはなんとFragile comme du béton「コンクリートのように脆い」となった。わたしたちの感覚からすれば、コンクリ−トはあくまでも固く頑丈なものの象徴であり、dur comme une pierreとかsolide comme le Pont-Neufあたりと同類に扱うべきもののように思える。ところが、ハイチではそれが「脆い」ものの譬えにならざるをえない。わたしたちが荷物を出すときに「コワレモノ注意」Fragileというラベルを貼ることを考えてほしい。見出しは「貧困」がハイチでは量から質へ転換したことを端的に証明しているのではないか。わたしたちが直面しているのは統計数字上の量的比較の段階を超え、コンクリートでさえ脆くなる、そんな異質な「貧困」だということを忘れるべきではない。
 当然「援助」が急務だが、ポルト・オ・プランス出身の地理学者Jean Marie Théodatはアメリカからの迅速で大量の援助を前にして、ハイチの諺を口にする。
 Lorsque l'on se noie, on ne regarde pas la couleur de la main qui vous sauve du torrent.
「溺れた時は、救い手の肌色が白だろうと黒だろうとかまわない」

 「溺れる者は藁をもつかむ」と同類だと思えるが、見ればみるほど苦渋のにじんだ諺ではあるまいか。現在パリ大学の教壇に立っている彼の心境は複雑だ。故国に対するアメリカのバックアップに感謝したいのは山々だが、その一方で、アメリカの再支配への危惧を隠すわけにはいかない。「呪い」?「不運」?
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