朝比奈 誼先生のフランス語にまつわる素敵なお話




セ・サンパ
感じいい!親切!ちょっと贅沢!「セ・サンパ」とパリジャンは表現します。そんなサンパなパリを、ほぼ毎週更新でご紹介しています。
猛暑の教訓 2010.9エッセイ・リストbacknext

モスクワの街頭風景

 夏は暑くて当然だが、今年ばかりは度がすぎる。中でもロシアの酷暑(40度前後の気温が6週間続いた)と山火事の規模は際だっていた。Moscou市民はいつになくTシャツ姿になり、しかもマスクなしでは街を歩けない。高温から自然発火した泥炭les anciennes tourbièresが発する悪臭から身を守るためだ。北国のそんな街頭風景は実に異常で、地球温暖化réchauffement du Globeが招来する危険をいちだんとつよく印象づけた。
 ところが、Le Monde紙(8月24日付)のAprès les feux, la Russie face à la question climatique「火事のあと、気候問題に直面するロシア」と題するモスクワ特派員の記事を読んで、茫然とした。むろん政治家の視野の狭さ故に地球規模の危機が放置される、そんな事態はロシアに限ったことではない。しかし、消失森林20万ヘクタール、年間の穀物収量の3分の1が枯死、被災住民2000人に達し、経済損失の推定額は110億ユーロ、国内総生産PIBの1パーセントに及ぶ、これだけの被害を受けていながら、時代錯誤としか思えない見方が政界にわだかまっていて、世界3位とも4位ともいう温室効果ガス排出国の環境問題への取り組みを阻んでいるらしいのだ。二つだけ驚きの種を拾っておく。
 一つはVladimir Poutine首相の頑迷さ。彼は大統領時代、2003年9月にモスクワでla conférence sur le changement climatique「気候変動に関する国際会議」が開かれた際、つぎのような迷(名)文句を発して憚らなかった。
 Un réchauffement de deux à trois degrés ne serait pas grave et peut-être même bénéfique : on dépenserait moins pour les manteaux de fourrure et les vêtements chauds.
  「2度や3度の気温上昇があっても深刻なことはあるまいし、ひょっとすると好都合かもしれない。そうなれば毛皮のコートや冬着のための出費が減るだろうから」
 そもそも環境問題に冷淡で、大統領の座につくなりministère de l'environnement「環境省」を廃止してしまったという前歴をもつ。それだけに、今度の未曾有の山火事についてもそれを警告と受け取るどころか、8月23日付の彼のホームページには、被災農家の惨状を写した写真とならべて、再建されるべき建物の完成映像をのせた。山火事のおかげで却って再開発が進むという認識なのにちがいない。
 もう一つは冷戦体制から抜け出せないコメンテーターたち。今回Alexandre Berditski(クレムリンの顧問で世界気象機関l'Organisation météorologique mondiale,OMM ;[英] World meteorological oraganization, WMO総裁)は2点を認めた。la chaleur anormale de l'été 2010 était le résultat du changement climatique「2010年夏の異常な暑さは気候変動の結果であった」こと、さらにelle risque de devenir un fait ordinaire「例年のことになりかねない」ことである。当然の見解と思えるが、おどろいたのは特派員の補足で、彼女は、この裏には気象機関代表の立場なりの配慮がひそんでいる、と解するのだ。
 Il fallait bien ramener les esprits à la raison, des commentateurs s'étant mis à gloser sur la responsabilité des Etats-Unis, soupçonnés d'avoir lancé sur la Russie une nouvelle arme climatique via leur station météorologique en Alasaka.
 「ぜひとも人心を正気に立ち返らせる必要があったのである。アラスカの気象観測所経由で新型の気象兵器がロシアにむけて発射されたという疑惑をもとに、アメリカの責任を云々するコメンテーターたちがいたから。」
 酷暑の受けとめ方が一様でなくても別に構わないが、それにしても以上二つの例は笑止の沙汰を超えて、空恐ろしさを感じさせるのではないか。こんな愚者たちに人類の存亡が委ねられているとすると、わたしたちの滅亡は思いのほかに早まるのではないか。
「寓話集」(Marc Fumaroli版)の表紙
 そこで思い起こすのはLa Fontaineの寓話Rien de trop(巻の九、11)のことである。この表題の意味するところは、アカデミーの辞典ではTout excès est condamnable.「いかなる行き過ぎも非難さるべきだ」と説明され、今野一雄訳では「度をすごすな」となっている。要するに、ラ・フォンテーヌは古代ギリシア・ローマ以来の教訓をフランス語の韻文で書かれた寓話の形で、17世紀に再提出したわけだが、こんな書き出しではじまる。
     Je ne vois point de créature
     Se comporter modérément.
     Il est certain tempérament
     Que le maître de la Nature
     Veut que l'on garde en tout. Le fait-on? Nullement.
 2行目のmodérémentはavec modération, sans excès「ほどほどに」の意。3行目のtempéramentと同趣旨の語。ただしこちらはラ・フォンテーヌの時代の用法で、今なら「節度」という時juste mesure, modérationを使う。今野訳は以下の通り(/は改行箇所)。
 「わたしは知らない、/適宜に行動する生きものを。/
自然の支配者が/なにごとにおいても守られることを欲している/
節度というものがある。それは守られているか。いや、全然。」
このあと、小麦が過剰に育つと、羊がそれを食べて調節する。羊が過度に繁殖すると、狼が餌食にし、狼が増えすぎると、神は人間に託して罰しようとした。こんな食物連鎖chaîne alimentaireが自然界の摂理として語られるのだが、最終項の人間が「神の命令」を濫用してしまった。
 De tous les animaux l'homme a le plus de pente
     A se porter dedans l'excès.
     Il faudrait faire le procès
 Aux petits comme aux grands. Il n'est âme vivante
 Qui ne pèche en ceci. "Rien de trop" est un point
 Dont on parle sans cesse, et qu'on n'observe point.
 「あらゆる動物のなかで人間はいちばん/極端に走る傾向がある。/
身分の上下を問わず、かれらには/苦情を申し立てねばなるまい。生きているかぎり、この点で/
 過ちをおかしていない人はいない。度をすごすな、このだいじなことを、/
人はたえず口にしながら、だれも守っていない。」
 ラ・フォンテーヌの指摘は今も有効であることを痛感する。ただちにrien de trop「ほどほどに、度をすごすな」という忠告を守らぬかぎり、人類は滅びるしかないだろう。
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