朝比奈 誼先生のフランス語にまつわる素敵なお話




セ・サンパ
感じいい!親切!ちょっと贅沢!「セ・サンパ」とパリジャンは表現します。そんなサンパなパリを、ほぼ毎週更新でご紹介しています。
ウィキペディア(つづき) 2011.03エッセイ・リストbacknext

ナポリ Photo by Free.Stocker
 ル・モンド紙の記事によると、Wikipédiaの計画は「地方分権制」décentraliséになっているという。つまり、国別のWikimédiaが30ほどあって、それぞれかなり自律的にcontributeur(投稿者)を募る仕組みだということになる。その結果、項目の数が言語によって異なり、英語版が3,574,961、仏語版が1,075,211、日本語版737,450(3月4日現在で、それぞれのホームページに示された数)と開きが出る。これは当然だとしても、内容もまた各言語によってまちまちになる点は軽視できない。前回、英語版がアカデミー・フランセーズ会員のリストの中でRacineの職名を珍妙に記していることを指摘したが、時にそんな事態が起きるリスクがあるわけだ。ミスは願い下げにしてほしいものだが、ミス以外には問題がないか、というと、かならずしもそうではない。考えてみれば、それぞれの言語圏aire linguistiqueの特徴が多かれ少なかれ内容の差としてあらわれることを勘定にいれないわけにはいかない。その差に注目すると、思いがけぬところに文化の違いdifférence culturelleが顔をのぞかせることに気づく。以下、試しに参照した項目「ナポリ」の日本語版と英語・仏語版とを比較して気づいたことを書きだしてみよう。
 まず分量の違い。英語版はA4版で28頁。仏語版は23頁。これに対し、日本語版は5頁にとどまる。日本語版の利用者(日本人と言いかえてもいいだろう)とナポリとの隔たりの大きさをあらためて教えてくれる格差だが、その上で、比較をはじめよう。
 項目の構成に一定の決まりがあるらしく、英語版のContentsと仏語版のSommaireとはほぼ一致している。仏語版の章見出しは1 Préambule「まえおき」 2 Géographie 「地理」3 Histoire「歴史」4 Culture et monuments「文化と記念建造物」 5 Education「教育」6 Administration「行政」7 Transports「交通機関」8 Problèmes de la ville「都市問題」9 Sport「スポーツ」10 Jumelages「姉妹都市」11 Personnalités「著名人」 12 Vedi Napoli e poli muori「ナポリを見て死ね」13 Films tournés à Naples「ナポリで撮影された映画作品」14 Notes et références「注と参考事項」15 Voir aussi「関連項目」である。
 英仏両版をくらべて違いが目立つのは4 Culture et monumentsのところで、英語版は仏語版より丹
念でMain sights「主要な名所」とCulture「文化」と二つに分けている。そして前者をpiazza、palaces、castles、museums、churchesなどの名所案内にあて、後者は1 Art 2 Cuisine 3 Film 4 Language  5 Music 6 Sports 7 Notable peopleのように細分されそれぞれ突っ込んだ説明が加えられている。これら7項のうち仏語版は上に示したように「6スポーツ」「7著名人」を独立させたから、その部分だけは見劣りしないのだが、「2料理」や「5音楽」については「まえおき」の中で簡単にふれるだけにとどまってしまった。
 この部分にかぎらずスペースをたっぷりとった英語版は全体の均衡がとれて、仏語版より充実していると見てよいが、それだけに気になることがある。特に仏語版の12「ナポリを見て死ね」について触れられていないこと。上にイタリア語を掲げた名高い文句について、仏語版の説明を以下に引こう。
 Littéralement: « Vois Naples et puis meurs », plus souvent traduit par « Voir Naples
et mourir ». Cette expression connue, les Napolitains l'utilisent pour souligner la beauté de leur ville... qu'il faut avoir vue au moins une fois dans sa vie.
 Elle peut aussi faire allusion à l'accomplissement souhaité d'un désir si important
qu'au-delà l'existence n'a plus de sens.
 「直訳すれば<ナポリを見よ、そして死ね>だが、次のように訳されることが多い。<ナポリを見て死ね>。この有名な文句をナポリ人が使うのは、自分たちの町の美しさを強調し、生涯にせめて一度は見ておくべきだというためだ。また、この文句は、死後には意味を失うほど大切な願望の成就についていう場合もある。」
 日本語版は限られた頁数のわりには頑張っていて、「概要」のあたまにこの名文句を掲げ、同義の諺として「日光を見ずに“結構”と言うな」に言及している。ただし、それはいいのだが、「現在では<ナポリが死なないうちに見ておけ>という皮肉の意も含まれる」とつけたしたのは、なけなしのスペースの無駄遣いだろう。
 そもそも「歴史」や「観光」への記述を最小限にとどめる代りに、「ごみ問題」「食文化」「姉妹都市」「出身著名人」にかなりの行数を費やしたのは名案だったかもしれない。
 ゴミ処分場の問題については仏語版が「都市問題」の中で取りあげている。
 Récurrente depuis 1994, elle(=la crise des déchets) s'explique par une mauvaise gestion par les autorités locales, de même que par l'infiltration de la Camorra dans le marché des ordures.
 「ごみ処理の危機は1994年以来くりかえされているが、その背景には地方自治体当局の管理の不手際と同時に、ごみ処理市場へのカモッラ団一味の潜入がある」
 ところが、英語版でさえこの問題は悪名高い地元マフィアCamorraの項に譲って「ナポリ」の項では触れていない。日本人に古都ナポリの現状をつたえるためには必要な選択と見る。
 その意味では「食文化」の項も出色で、「ピッツァ」や「マルゲリータ」の語源に言及したばかりか、「ナポリタン」について「日本生まれの洋食(和製洋食)であり、ナポリが発祥ではない」という説明を加えたのは適切な判断だったように思う。

カルーソー

 反面、「出身著名人」では日本語版の特色を出そうという意図が功罪相半ばするという印象だ。現代人を優先させて、指揮者のリッカルド・ムーティ、サッカー選手のファビオ・カンナバーロを取りあげたのには賛同する。英・仏語両版ともに出しているくらい世界的な「著名人」だから。しかし、タレントのパンツェッタ・ジローラモとなると、首をかしげたくなる。日本でこそタレントで通るが、ジョルジョ・ナポリターノ(第11代イタリア大統領)やルッジェーロ・レオンカヴァッロ(作曲家)と並べられたら、本人が恐縮するのではないか。まして、リストから彫刻家・建築家ベルニーニGian Lorenzo Bernini、哲学者ヴィーコGiambattista Vico、作曲家スカルラッティDomenico Scarlatti、テノール歌手カルーソーEnrico Carusoといった錚々たる顔ぶれが排除されたとなると、この項目そのもの、さらには日本人の信用に傷がつくのではないか。
 因みにソフィア・ローレンの名が出ているが、これは勘違いで、彼女はナポリ育ちではあるが、生地はローマだ。
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