朝比奈 誼先生のフランス語にまつわる素敵なお話




セ・サンパ
感じいい!親切!ちょっと贅沢!「セ・サンパ」とパリジャンは表現します。そんなサンパなパリを、ほぼ毎週更新でご紹介しています。
DSK問題 2011.10エッセイ・リストbacknext

Dominique Strauss-Kahn氏
 今のフランスではDSKが流行語らしい。元来は人名で、Dominique Strauss-Kahn氏、すなわち国際通貨基金FMI(Fonds monétaire international;[英]IMF International Monetary Fund)の元専務理事directeur général(managing director)のこと。5月ニューヨークでホテルのメイドfemme de chambreに対する性的暴行・強姦未遂・監禁agression sexuelle, tentative de viol et séquestration容疑で逮捕され、世界に悪名をとどろかせた。直後、同月17日付のLe Monde紙はun séisme pour le FMI, l’euro et la gauche「国際通貨基金、ユーロ、左翼に激震」という見出しを掲げた。その後、専務理事は代行を経て同じフランス人のChristine Lagarde女史に交代。ユーロは値下がりし、金融市場は大混乱(ギリシアの財政危機が主因だろうが)。フランス社会党は来年に迫った大統領選の有力候補を失って、てんやわんや。同紙の予想通り、混迷のまま秋を迎えた。当のDSKは免訴、釈放されて帰国、謎を残して事件は落着する形となった。ただ、フランス人の意識には事件の衝撃が深く焼きついたと見える。
 一つの明瞭な証拠はDSKが普通名詞として、日常会話に頻発するようになったこと。9月19日付の同紙はun homme qui vous saute dessus sans vous demander votre avis「あなたに無断で飛びかかってくる男」を意味する新語としてle Petit Robert辞典(フランスの広辞苑に相当する)に採録すべきだと書く。用例としては、たとえば、狭い廊下のコピー機で作業中の女性社員の背後を通りぬけるとき、上役の男性は(以前なら彼女の体に平気で触れただろうに)事前に断るようになった。Je ne voudrais pas faire mon DSK, mais...「別にDSKぶりたいわけではないけれど...」要するに、事件は大西洋の彼岸でDSKが起こした破廉恥行為で終わらず、アメリカ的なセクハラsexual harassment ([仏]harcèlement sexuel)理解が渡来して、会社で働く一般フランス人の男女関係にも影響するにいたった、ということになる。
 興味深いのは、この記事に添えられたL'exemple américain「アメリカ・モデル」という一文だ。ここでは、アメリカ系の大会社や国際機関では、code of business conduct([仏] code de conduite de l'entreprise)「企業行動指針」が制定され、就職にあたって全勤務員がこれに合意し、署名を義務付けられていることが紹介される。その上で、記者は禁止条項の中に、男性が女性の服装を褒めたり、同僚の女性を迎え入れた男性が部屋を閉め切ったり、頬にキスしたりすることまで含まれていることに注目する。要するに、こんなアメリカ流の厳格主義はExcès puritain? Pudibonderie ridicule?「行きすぎた清教徒主義ではないか、滑稽な恥じらいではないか?」と揶揄したいらしい。
 この場で、道徳論をするつもりはない。ただ、フランス人がアメリカ人をどう見ているか、それを知る機会が増えたことが興味をひく。日本人はとかく欧米人という見方をしがちだが、時にその括りかたが破綻し、双方が相手を白眼視することもあるものなのだ。
 その意味で面白いのはPas de vacances pour l'Amérique 「アメリカには夏休みがない」(9月3日週刊版掲載の「合衆国通信」)という記事だ。これは次のように書きだされる。
 Rentrant de vacances, on ne peut s'empêcher de s'apitoyer sur le sort de ces Américains qui ne s'arrêtent jamais de travailler.
 「ヴァカンスから家に戻ると、仕事をけっして休まぬアメリカ人たちの運命に同情を禁じることができない」
 日本人ではなくて、まちがいなく「アメリカ人たち」とある。昔Connie Francisが歌い、日本でも大流行したVacationという歌はアメリカ生活の豊かさを謳歌して、仕事一本槍の私たちを羨ましがらせたものだが、あのアメリカはどこへ行ったのか。
 Cette année, la crise a encore accentué la tendance. Les gens sont si peu partis que les sociologues ont inventé un mot pour les vacances à la maison: staycation (pour stay : rester) à la place de vacation (vraies vacances).
 「今年は不況でこの傾向がさらに強まった。出かける人があまり少ないので、社会学者たちは家で過ごすヴァカンスを示す単語として、vacation(眞のヴァカンス)にかわって、staycation(stayは「留まる」の意)を編みだした。」

ヴァカンス風景
 統計資料が紹介され、有給休暇を使いきらずに終わる住民がほとんど5割に達し、また2週間連続の休暇をとるサラリーマンは全体の14パーセントにすぎない、とある。
 これほどヴァカンスを忌避する態度の背景は何か。二説が示される。第一はありきたりだが、protestantisme「新教の教義」に因るという考え方だ。
Les Américains parlent de work ethic. Travailler est une activité noble, morale, que Dieu « contemple en souriant », disent-ils, même s’il ne s'agit pas d’entreprise caritative.
 「アメリカ人たちは労働倫理を口にする。働くことは高貴で道徳的な活動であり、たとえ慈善行為でなくても、それを神は<にこやかに見守ってくださる>と彼らはいう。」
 二番目はもっと「世俗的な」terre à terre説明で、意外や、そもそもヴァカンスという発想が法律にないのだそうだ。
 Les Etats-Unis sont le seul pays développé où rien n'impose aux employeurs d'octroyer des congés payés à leurs salariés. Le Fair Labor Standards Act ne prévoit pas de paiement pour les vacances, la maladie ou les jours fériés, avantages qui sont négociés dans chaque secteur.
 「合衆国は先進国のなかで唯一、賃金労働者に有給休暇を与えるように雇主に強制するものが一つもない国だ。公正労働基準法は休暇・病気・祝日に対する給与支払いを定めておらず、これらの特典の獲得は各産業部門での労使交渉に委ねられている。」
 米仏の落差に呆れた筆者は皮肉たっぷりに記事を結ぶ。
 Mais le grand avantage des vacances à l'américaine, c'est qu'on évite la rentrée. Le mot ne figure même pas dans le vocabulaire.
 「アメリカ流ヴァカンスの大きな利点は、休み明けが避けられること。そもそもこの単語が語彙にないのだ。」
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