朝比奈 誼先生のフランス語にまつわる素敵なお話




セ・サンパ
感じいい!親切!ちょっと贅沢!「セ・サンパ」とパリジャンは表現します。そんなサンパなパリを、ほぼ毎週更新でご紹介しています。
報道の怠慢 2014.12エッセイ・リストbacknext

和紙の作業現場 ※画像をクリックで拡大
 obrepticeという古い法律用語がある。Grâces obrepticesのように使い、「本来は口に出して言うべきことを伏せた結果として勝ちえた赦免」を指した。subreptice「ひそかに法にそむく」と対立する語である。それにしても、こんな妙な古語をもちだしたのは何故かというと、最近の日本のニュース報道informationsに少々疑問を感じたからだ。今もって、日本では中国や北朝鮮に見られるような報道管制black-outはないものと信じてよかろうが、反面、自由とも放縦とも思える報道のかげで、興味深いニュース、肝心なニュースが空しく葬りさられているような気がしてならないからだ。
 たとえば、和紙washiが無形文化遺産patrimoine culturel immatériel de l’humanitéに登録されたニュースの場合がそうだ。どの放送もどの新聞も、生産地の職人の技能を紹介し、住民の大喜びの模様を伝えた。そのこと自体は埋もれていく伝統文化の保護にのりだしたUNESCOの趣旨にかなうと思うのだが、わたしの不満は報道関係者の競争がそこまでで終わり、全人類の遺産であることに目を向けようとしない点にある。ユネスコ文化部門Secteur de la cultureのホームページを開いてみてわかったのだが、今回の人類無形文化財保護政府間委員会Comité intergouvernemental de sauvegarde du patrimoine culturel immatériel de l’humanitéは11月26日に18件、27日に16件、合計で34件を代表リストListe représentativeに登録することを決めた。そのうち、問題の和紙の製法savoir-faire du papier artisanal traditionnel japonaisは初日の17番目に登録されたのだが、同じ紙の製法では、Ebru, l’art turc du papier marbré「エブリュ、トルコのマーブル模様紙の技法」も翌日に登録されている。さらにリストを見渡していて面白いことに気づいた。Le chant traditionnel Arirang dans la République populaire démocratique de Corée「朝鮮民主主義人民共和国の伝統歌謡アリラン」が初日に登録されたかと思うと、翌日には抜かりなくLe nongak, groupes de musique, danse et rituels communautaires de la République de Corée「ヌンガク、大韓民国の村落共同体の伝承、歌・舞踊群」が入っている。決定母体が「政府間委員会」である以上、政治的な力学が働かないはずがない。「和紙」の登録に興奮する一方で、その背景にある政治的な緊張関係を忘れてはなるまい。同時にまた、このリストの趣旨説明にも注目しなければならない。というのも、un instrument de promotion qui vise à assurer une plus grande visibilité du patrimoine immatériel en général et à reconnaître des traditions et des savoir-faire portés par les communautés qui reflètent leur diversité culturelle, sans pour autant leur accorder aucun critère d’excellence ou d’exclusivité「無形文化財一般をいっそうよく見えるようにすること、ならびに、それぞれの文化的多様性を反映する共同体が担っている伝統と技法を承認すること(ただし、その分だけそれらに優秀性または専有性の規準を与えるものではない形で)、これら二つを目的とする助成手段」であるからだ。特に、最後の括弧内の追加文には、世界をまとめていくために不可欠な英知が炊きこめられているではないか。オリンピックのメダル競争の二の舞だけは避けたいのだろう。
 もう一つ、アベノミクスのニュースにも不満がある。この年末に日本は総選挙になり、これが争点の一つになったために、かえってアベノミクスの実態解明がおろそかになってしまった。むろん門外漢のわたしには手にあまる課題だが、日本のマスコミが明言を避けている中で、いわば向こう岸に立って見ているル・モンド紙が鮮やかに裁断した。それに共鳴したので、ここに紹介しておきたい。11月21日付けEconomie版<TAUX & CHANGES>「レートと為替」欄、執筆者はMarie Charrel。La leçon des « Abenomics »「<アベノミクス>の教訓」と題されている。国際金融政治が混迷期に入ったとした上で、まず日本を話題にし、17日に発表された第3四半期の成長率-0.4%という数字はl’Archipel a replongé en récession.「日本が再び不況に陥った」ことを裏付けたとする。返す刀で、21日の衆議院解散は苦境に立たされた安倍首相のen désespoir de cause「窮余の一策」だと容赦ない。なるほど、国際的にはそうとしか受け止めようがないのだろう。さらに、筆者はエコノミストの立場からすれば、日本は量的金融緩和assouplissement quantitatif(英語ではQE)による景気回復に失敗した、とした上で、論を進める。

朝日新聞の風刺画(12月3日付け)
※画像をクリックで拡大
 De là à dire que les « QE », quel que soit l’endroit où ils sont menés, ne sont pas aussi efficaces qu’espérés, il n’y a qu’un pas que nombre d’experts n’hésitent plus à franchir.
 「この事実から、量的緩和がどこで行われたにせよ期待したほど有効ではないという結論までは、ほんの一歩にすぎず、多くの専門家はためらわずにその一歩をとびこす。」
 その上で、この種の政策にもともと不信感の強いドイツが日本銀行の失敗をうけて、欧州中央銀行に対し、いっそうの慎重さを要求するだろうという。重要なのはその先だ。
 En vérité, il y a un grand malentendu en la matière. Dans le cas japonais, ce n’est pas la politique monétaire qui a failli. Bien au contraire, la Banque du Japon a déployé toutes les mesures à sa disposition, sans censure. Non, ce qui ne fonctionne pas, c’est ce que les économistes appellent le « policy mix ». En français :le dosage des politiques économiques. Les « Abenomics » déçoivent parce que la politique budgétaire et la politique de réforme ne sont pas à la hauteur de l’ambitieux volet monétaire.
 「実は、この件については重大な誤解がある。日本の場合、失敗したのは金融政策ではない。それどころか、日銀は手持ちの手段を何の検閲もせず全部使い切った。機能していないのは、エコノミストのいう<ポリシー・ミクス>なのだ。フランス語でいえば、政治・経済の調合、ということだ。<アベノミクス>が失望させたのは、金融面の野心的なレベルに、予算政策と政治改革とが追いついていないからなのだ。」
 要するに、ポリシー・ミクスが実体経済に働きかけて景気上昇を促すことがなければ、不況脱却はできない。アメリカは特にシエ―ル・ガスの開発でそれに成功し、投資と市場競争が再起した、と筆者はつづけるのだが、紙面の制約もあるので、引用はここまでにする。政府はアベノミクスの失敗を失敗と認めようとしない。嘆かわしいことだが、今回の選挙演説やそれを報じるマスコミの姿勢から見て、どうやら安倍首相は「窮余の一策として」国民からgrâces obrepticesを掠め取りたい魂胆のようだ。

 
筆者プロフィールbacknext

【NET NIHON S.A.R.L.】
Copyright (c)NET NIHON.All Rights Reserved
info@mon-paris.info