朝比奈 誼先生のフランス語にまつわる素敵なお話




セ・サンパ
感じいい!親切!ちょっと贅沢!「セ・サンパ」とパリジャンは表現します。そんなサンパなパリを、ほぼ毎週更新でご紹介しています。
嵐を呼ぶ男 2015.06エッセイ・リストbacknext

1.11のデモ行進 ※画像をクリックで拡大
 なんでもクイズにしてしまう今の風潮に便乗して、クイズを一つ。つぎの三つはどれも忘れがたい日付だが、何の日か当ててほしい。
 1) 1.11  2) 3.11  3) 9.11。
 11日が並ぶところに奇妙な暗合を感じる。2)は東日本大震災の日、3)はニューヨークの世界貿易センター・ビル崩壊の日。ここまでは簡単に答えられても、1)には心当たりがないという人がいるのではないか。今年1月7日、パリの都心にあるフランスの風刺週刊誌Charlie Hebdoの編集部がイスラム過激派の襲撃を受け、警官をふくめて12人の犠牲者が出たことを記憶する人は多かろうが、1月11日はその死を悼み、テロ行為に抗議するデモ行進がフランス全土でおこなわれた日である。Je suis Charlieという標語がもてはやされ、世界中にひろがったことを覚えている人は少なくないはずだが、デモ参加者が自然発生的に増大し、全仏では300万とも500万ともいわれる、それほど衝撃がつよかったことまでは知られていないかもしれない。
 このデモ行進がこのところフランスで論争をまきおこしている。5月16日付のル・モンド紙週刊版はLa querelle de l’après Charlie「シャルリー後の動きをめぐる論争」という特集記事を載せた。発端はEmmanuel ToddがLe Seuil出版から刊行したQui est Charlie?Sociologie d’une crise religieuse『シャルリーとは何者か?ある宗教危機に関する社会学』である。論争の中身にはいる前に、著者について簡単な紹介をしておこう。彼は1951年生まれ、historien歴史学者、anthropologue人類学者、démographe人口統計学者。Il développe l’idée que les systèmes familiaux jouent un rôle déterminant dans l’histoire de la constitution des idéologies religieuses et politiques 「彼は,家族制度が宗教的及び政治的イデオロギー構築の歴史においては決定的な役割を演じるという考えを展開している」(Wikipedia)。彼の著作は独創的で先見性に富んでいる反面、反対者の攻撃対象にもなりやすい。5月7日付のル・モンド紙は著作家としての過去をこう要約している。
 De La Chute finale, son premier livre prédisant la décomposition de l’empire soviétique, publié en 1976 par Robert Laffont, à Après l’empire(Gallimard), son best-seller international analysant, en 2002, le déclin économique et stratégique des Etats-Unis, en passant par L’Invention de la France, coécrit avec le démographe Hervé Le Bras(1981, rééd. Gallimard 2012), ses ouvrages mêlant recherche scientifique et sens certain du public sont des succès, et ses réflexions font débat.
 「『最後の転落』---1976年にロベール=ラフォン書店から刊行された第一作で、ソ連帝国の解体を予言した---からはじまって、『帝国以後』(ガリマール書店)---彼の国際的ベストセラーで、2002年にアメリカの経済的、戦略的な衰退を分析した---にいたるまで、途中の『フランスの創建』---人口統計学者エルヴェ・ル・ブラとの共著(1981年、2012年ガリマール書店から再刊)を含めて、彼の著作は学術研究と読者大衆の心を確かに捉える直感との混淆物で、大当たりするが、その見解は論争の種になる」
 この記事のタイトルがEmmanuel Todd, homme de tumulte「エマニュエル・トッド、嵐を呼ぶ男」となっているのも無理はない。彼の論考は発表されるたびに言論界に騒動を巻き起こしてきたし、今回の著書『シャルリーとは何者か?』もフランスの世論に敢然と挑戦する形になった。
 ...l’auteur veut démontrer que la religion demeure une force sociale agissante même lorsqu’elle disparaît. Ainsi, sous la forme d’une zombie, le catholicisme imprégnerait « l’islamophobie » d’une France blanche et inégalitaire, celle qui manifesta en masse le 11 janvier.

エマニュエル・トッド ※画像をクリックで拡大
 「著者が示したいのは、表面的には姿を消していても、宗教は依然として影響力のある社会的な力でありつづけているということだ。したがって、ゾンビのような形で、カトリック教が白人中心で不平等主義のフランスの<イスラム嫌い>に浸透していて、それが1月11日に大挙して行進したのだ」
 2015年1月11日のデモ行進の参加者を人口統計学的に調査した結果にもとづいて、トッドはフランス国内でもイスラム系住民が多い地域(たとえばパリ郊外)に限って参加者が多数にのぼっていることに注目し、デモの盛り上がりが実は反イスラム感情の爆発であることを指摘したのだ。
 首相Manuel Vallsは猛反発した。彼によればデモの意味はまるきり別物であった。
 Cette manifestation fut un cri lancé, avec dignité, pour la tolérance et pour la laïcité, condition de cette tolérance. Elle fut également un cri lancé contre le djihardisme, qui, au nom de la foi, d’un islam dévoyé, s’en prend à l’Etat de droit, aux valeurs démocratiques, tue des juifs, des musulmans, des chrétiens.
 「このデモ行進は寛容およびこの寛容の基礎をなすライシテ(脱宗教性)を求めて誇らかに発せられた叫び声だった。それはまたジハードを唱える一派(イスラム過激派)に反対する叫び声だった。彼らは信仰、正道から逸脱したイスラムの名のもとに、法治国家を非難し、民主主義の価値観を非難し、ユダヤ教徒を殺し、イスラム教徒を殺し、キリスト教徒を殺している連中なのだ。」
 このあと、ヴァルス首相はデモ隊の隊列から自然発生的に歌い出された国歌マルセイエーズに言及し、政治的意見や文化の違いを超えたun attachement à ce qui fait la nation républicaine「共和国を形成するものへの愛情」の表れであったとする。5月8日付のル・モンド紙に載ったこの反論はフランス人一般の受け止め方を代弁しているといってよかろう。トッドもそれは承知しているはずだ。その上で、ル・モンドの記者は「イスラム教は本質的に平等主義的だ」という認識の上になりたった著書の要約をこうつづける。
 Outre ses violentes attaques contre Charlie Hebdo, « tapant »selon lui sur les musulmans à travers des caricatures « insultants », son livre est aussi le symptôme d’un glissement de terrain de la gauche vis-à-vis de la religion en général, et de l’islam en particulier. Car une partie de celle-ci soutient que l’émancipation suppose de « sortir de la phobie du religieux ».
 「トッドによれば<侮辱的な>マンガを通してイスラム教徒を<平手打ちした>シャルリー・エブド誌を激しく攻撃するばかりでなく、彼の著書はまた宗教一般、特にイスラム教に対する左翼の地滑り的接近の兆候でもある。というのも、左翼の一部は偏見からの解放の前提は<宗教的なものへの嫌悪から脱却する>ことだと主張しているからだ」
 この記述の意味は?それは次回にゆずろうと思う。

 
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