朝比奈 誼先生のフランス語にまつわる素敵なお話




セ・サンパ
感じいい!親切!ちょっと贅沢!「セ・サンパ」とパリジャンは表現します。そんなサンパなパリを、ほぼ毎週更新でご紹介しています。
 
議事堂に向けて行進せよ! 2021.1エッセイ・リストbacknext

演説するトランプ※画像をクリックで拡大
 コロナ禍の不安から解放されることばかりを念じて迎えた正月なのに、そこで待ち構えていたのは、アメリカの連邦議会議事堂に暴徒が乱入するという前代未聞の大事件だった。le Monde紙はさっそくViolences au Capitole: jour de honte aux Etats-Unis「議事堂での暴力沙汰:米国にとって屈辱の日」と題する社説を掲げた。1.6は、9.11と同じように、米国のみならず世界全体にとって歴史に残る日付になるだろう。なにしろ、民主主義の殿堂として誰も疑わなかったWashingtonのCapitole(元を質せば、古代ローマ時代、ローマのカピトリウムの丘の上にあったJupiterの神殿に行きつく。聖地なのだ)が暴力で文字通り汚されたのだから。それも、凶行に及んだのは9.11とは違って、狂信的なイスラム過激派ではなく、Biden大統領の選出はstolen「盗まれた」と信ずる一部米国民(アメリカの新聞はmob「暴徒の群れ」と呼ぶ)だったから、この衝撃はNew Yorkの世界貿易センタービル破壊のそれよりも大きく、深いといわなければならない。
 圧巻は、ドラマそこのけのテレビ映像だった。事もあろうに、大統領自身がホワイトハウス前に支持者を集め、March to the Capitol! Marchez sur le Capitole!「議事堂に向けて行進せよ」と絶叫しているではないか。そして、議事堂内になだれ込んだ連中が、警官に向ってDefend your constitution!と叫んでいるではないか。そこから察するに、彼らは「暴徒」ではなく、憲法を守って、正当な当選者トランプを大統領にするために戦う「愛国者」(Ivanka Trumpはネット上で彼らをそう称えたあと、急いで消したとか)のつもりなのだ。「不正選挙」だというトランプの主張(各州裁判所や連邦最高裁で起こした訴訟はすべて敗訴になった。つまり「不正」はなかった)を信じるあまり、暴力で議員を屈服させる形に行きついた。
 私などは戦後民主主義の教育を受け、良きにつけ悪しきにつけ、アメリカ政治を基準に据えてきたから、いきなり脳天をぶん殴られた感じで、言葉を失う。
 世界に冠たるアメリカがどうしてこんな無様なことになってしまったのか。その答えをル・モンド紙の二つのchronique「時評記事」から拾い出すとしよう。
 一つ目は論説委員Alain Frachonのもの。(1月15日付)
 Il a vécu par le mensonge, dans les affaires et en politique, il a menti aux autres, il se ment à lui-même, et le mensonge, in fine, lui saute à la gorge. Trump quitte la scène poliqique victime de la dernière de ses tromperies, de l’ultime bobard inventé pour s’accrocher au pouvoir, cette histoire « d’élection volée » par ses opposants démocrates--- et qui va tourner au drame.
 「彼は実業家としても、政治家としてもウソで生きてきた。他人に向ってウソをついただけでなく、自分自身に対してもウソをついてきたから、ウソが最後に彼の胸元に飛びついてきたわけだ。トランプは政界を去る、ウソの最終篇、権力にしがみつくために編み出された究極のウソ、敵対する民主党が「選挙を盗んだ」という物語--惨事に変わることになる物語の犠牲になって」
 スピーチに興奮した暴徒の議事堂乱入や乱暴狼藉、そしてこのincitation à l’insurrection「反乱扇動」を理由としたprocédure d’impeachment「弾劾訴追」の下院可決、どちらもdrame=惨事としか言いようがない。フラションはすべての原因はトランプのウソに帰する、と断定している。なるほど、議事堂内の惨状を伝えるYouTuveの映像を見るにつけ、トランプの責任、積み重ねられたウソの恐ろしさを認めないわけにはいかない。しかし、だからといって、それだけで7400万もの票が彼に集まったとは思えない。あの熱狂的な支持の源は、一体、どこにあったのか。
 この疑問に答えてくれるのは、同紙ニューヨーク特派員Arnaud Leparmentierの時報記事である。彼は « Wall Street, Donald Trump et la “populace” »「ウオール街、ドナルド・トランプ、<下層民>」(1月14日付)と題する論稿を寄せ、2016年の選挙でトランプが勝ったのは、ロシアの介入のせいだとされているが、実はHillary Clintonが駄目な候補者だっただけのことと冷たく片づけたあとに、こう続ける。

連邦議事堂への乱入※画像をクリックで拡大
 Quatre ans plus tard, l’Amérique dénonce « the mob », la foule, la « populace » qui a envahi le Capitple. Un terme des plus péjoratifs qui crée de nouveau une sorte d’altérité, d’étrangeté, comme pour signifier « ce n’est pas nous, ce n’est pas l’Amérique ». Mais si. En réalité, la foule était le gratin des 74 millions d’électeurs de Donald Trump.Et la dénonciation de ces méchants dingues ne saurait masquer la responsabilité de ceux qui n’ont rien dit ni rien vu pendant des années, à savoir les milieux d’affaires et les républicains bon teint.
   「4年後の今、アメリカは議事堂に乱入した<暴徒の群れ>、群衆、<下層民>を悪者扱いしている。このコトバ*はもっとも軽蔑的な言辞の一つで、あらためて一種の他性、異常さを生み出し、まるで<これは、わたしたちじゃありません、アメリカじゃありません>と言わんばかりだ。とんでもない、それこそがアメリカなのだ。実は、群衆とはすなわちドナルド・トランプに投票した7400万のアメリカ国民のエリートだった。だから、これら性悪な気違いどもを告発したからといって、この数年間何も言わず何も見なかった人たちの責任を隠蔽することはできないだろう。そういう人たちとは、すなわち、実業家たちであり、ごりごりの共和党員たちなのだ」(*mobおよびその説明に使われた仏語のpopulace)
 表題の「ウオール街」とは、実業家と共和党を象徴していた。記事は続く。
 Ces derniers pensaient de Trump, comme d’autres naguère, « on n’en fera qu ‘une bouchée ». Ils étaient ravis de pousser leur agenda ultraconservateur derrière la marionnette Trump. Jusqu’à ce funeste 6 janvier, où les masques sont tombés : the mob était peut-être instrumentalisée, mais Trump, lui, tenait bien un putsch, à savoir inverser par la violence la certification constitutionnelle des élections.
  「後者(実業家、共和党)は、嘗ての何人かと同様、<トランプなんて、簡単に片づけられるさ>と高をくくっていた。トランプという操り人形の陰で、超保守的な政策議案を推進できてご機嫌だった。ただし、不吉な1月6日までのこと。この日、化けの皮がはがれた。なるほど<暴徒の群れ>は道具として利用されたのかもしれないが、トランプの方はしっかりとクーデターを進めていた。すなわち、憲法に基づく選挙結果の認定を暴力で覆すつもりだったのだ」
 「ウオール街」はトランプを利用するつもりでいたが、相手の方が上手で、権力維持のためには民主主義もアメリカも犠牲にして、平然としている。白々しく暴力を否定し、私は平和を愛するとうそぶく始末だ。「ウオール街」が目を覚ましたとして、間に合うのだろうか。
 これを書いている段階で、彼が前大統領になってからの行動は未知数。これまでと同様、何をしでかすかわからない。不安なまま本稿を終える。


通信事情のトラブルで2月号が欠号となりました。
申し訳ありませんが、御了承ください。

 
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