朝比奈 誼先生のフランス語にまつわる素敵なお話




セ・サンパ
感じいい!親切!ちょっと贅沢!「セ・サンパ」とパリジャンは表現します。そんなサンパなパリを、ほぼ毎週更新でご紹介しています。
 
肌の色 2021.3エッセイ・リストbacknext

Vadot作「もう息ができなかった」(Le Monde掲載)※画像をクリックで拡大
 英国の王室を飛びだし、CBSテレビに出て、la reine de talk-shows américainsといわれる黒人女性Oprah Winreyのインタビューに応じたle prince HenryとMeghan, duchesse de Sussex夫妻。二人の盛名と爆弾発言はコロナ禍で沈み込んでいた世界中の人々を興奮させずにはおかなかった。中でも物議を醸したのは「肌の色」問題だった。3月9日付のル・モンド紙はこう報じた。
 L’allégation la plus sérieuse est probablement celle liée à la « couleur de peau » d’Arichie, le fils du couple. Un membre de la famille royale ---Meghan et Henry ont refusé de livrer son nom---a exprimé des « inquiétudes » sur la couleur de peau du bébé, et demandé « à quel point elle serait sombre », quand la duchesse était enceinte. Les accusations de racisme sont parmi celles que la famille royale britannique redoute le plus, ayant à cœur de paraître moderne et adaptée à un pays comptant près de 15 % de personnes issues de minorité ethnique.
 「もっとも重大な申し立てはおそらく夫妻の令息アーチーの<肌の色>に関する発言だろう。王室の一員―--メ―ガンとヘンリーは名を明かすことを拒んだ――は、夫人が妊娠した時、赤ん坊の肌の色に<不安>を表明し、<どこまで黒くなるのかしら>と尋ねた由。人種的偏見という非難は英国王室がいちばん恐れている非難である、彼らは常日頃から近代化し、15パーセント近い少数民族を抱えた国情に適応しようと心がけているのだから」
 王室側は早速反応し、William王子がマスコミに対し、人種差別を強く否定した。その発言に偽りはないと思う。が、それだからと言って、問題が解消したわけではない。東京オリンピックの組織委員会会長が「女性差別の意図は皆無」と弁解しても甲斐がなかったのと同じことだろう。
 そもそも「王室の一員」の「肌の色」発言はいかにも本当らしく聞こえるのではないか。心の底で共鳴する白人がさぞ多かっただろうという気がする。それというのも、17世紀フランスのある文学作品を読んだ時の衝撃が忘れられないからだ。問題の箇所を以下に紹介しよう。
 その作品とは、La FontaineのLes Amours de Psyché et de Cupidon 『プシケとクピドの恋物語』。Fables『寓話』の作者として有名なラ・フォンテーヌは、寓話(韻文)と平行してこの散文小説(詩句が時に挿入される)を書いた。『寓話』の場合と同様に古典を下敷きにし、今回はローマの文学者アプレイウス(Apuleius, 仏名Apulée)のLes Métamorphoses『変身物語』(日本では『黄金のロバ』の名で知られる)中の挿話に従った。クピドは英語ではCupide、キューピッドと仮名書きすると、セルロイド(古い!)製の赤子姿の人形を連想するが、ギリシア語ではErõs「エロス」、神話では「愛の神」のこと。ここでは絶世の美女プシケに恋する若者として登場する。物語ではinterdiction「禁止」がキーワードになっているが、中でも有名なのは、16世紀イタリアの画家Zucchiの絵に見られる場面だ。母Vénusの禁令に背いて、人間プシケに恋したクピドは、深夜の暗闇の中でのみ文字通りの密会を重ねていたが、姉たちに唆され、相手は人目を憚るmonstre魔物に違いないと信じたプシケが禁令を破って明かりを灯したために、正体を見破られたばかりか、燈明の油のせいで火傷を負うにいたる。怒った彼はそのまま持前の翼を使って天上に去り、プシケは哀れにも地上世界に落とされ、物語の前半がおわる。
 わたしが紹介したいのは、もう一つ別の禁令違反に関わる部分だ。いつまでも終わらない恋に逆上したヴィーナスは、プシケに敵意を抱き、亡き者にしようと、つぎつぎに難題を課す。ラ・フォンテーヌはこの難題の作成に興をそそられたようで、原作を大きく膨らませているが、ここでは最後の難問だけに絞る。美を保つことに執着する女神は、地獄に下り、女王Proserpineからboîte de son fard「愛用の美顔料入りの箱」を譲り受けてくるようプシケに命じるが、途中で箱の蓋をけっして開けぬように言い添える。プシケは難関を越えて地上に戻るところまでは無事だったが、土壇場で好奇心に負け、禁令を破ってしまう。
 Psyché ouvrit la boîte en tremblant, et A peine l'eut-elle ouverte qu’il en sortit une vapeur fuligineuse, une fumée noire et pénétrante qui se répandit en moins d’un moment par tout le visage de notre héroïne, et sur une partie de son sein.
 「プシケは震えながら箱を開けた。すると、開けるや否や、そこから出てきたのは煤けた気体、黒くて身にしみこむ煙で、それがあっという間にプシケの顔一面と胸元にひろがってしまった」
 彼女は慌てて塔(地獄の入り口に立っているが、魔力を帯びていて、地獄へ出向く際、彼女に有益な助言を与えてくれた)に戻る。塔は往路の彼女と同定できず、誰何に応えて名乗ったのを聞いて答える。
 « Quoi ! c’est vous, Psyché ! Qui vous a teint le visage de cette sorte ? Allez vous laver, et gardez bien de vous présenter en cet état à votre mari. »
「ええ!プシケ、あんたなの!そんな風に顔に塗ったのは誰なんです?顔を洗いなさい、そのままでご主人の前に顔を出さないようにしなくては」

Zucchi作「愛の神とプシケ」 ※画像をクリックで拡大
 彼女は川辺に駈け寄って、自分の顔を見る。
 Elle n’avait ni le nez ni la bouche comme l’ont celles que nous voyons, mais enfin c’était une More. Psyché, étonnée, tourna la tête pour voir si quelque Africaine ne se regardait point derrière elle. N’ayant vu personne, et certaine de son malheur, les genoux commencèrent à lui faillir, les bras lui tombèrent. Elle essaya toutefois inutilement d’effacer cette noirceur avec l’onde.
   「水面に見えた顔にはわたしたちが見かける女性たちが持っている鼻や口がなく、要するにそれはムーア女性だった。プシケは仰天して、背後に誰かアフリカ女性がいるのかと思って、後を振り向いた。誰もいず、我が身の不幸を確信したとたん、両膝の力が抜けはじめ、両腕が垂れた。それでもなお、肌の黒さを川波で洗い落とそうとしたが空しかった」
 彼女は絶望し、自分から「美」を奪ったヴィーナスを呪い、この顔を見たら「夫」は逃げ出すだろうと観念して、野獣の餌になる覚悟を固めて森に逃げこむ。
 因みに、下線の「わたしたち」はこの物語の作者を含めた4名の文学仲間を指す。彼らはまだ建設工事が進行中のヴェルサイユ宮殿の庭先で作者の朗読を聞くという趣向なのだ。だとすると、ここでの「肌の色」論議は彼らの常識に基づいている、さらにいえばストーリーは17世紀のフランス人一般の美意識を反映していると考えて差支えないだろう。アプレイウスでは、箱から立ち上る煙を吸ったプシケが人事不省に陥り、クピドに起こされるとだけあるから、この展開はラ・フォンテーヌの創作だと思われる。
 彼は、傷が癒えて外出できるようになったクピドが森の奥に隠れたプシケに再会するように仕組む。そこで彼女をいったんEthiopienneと見間違えたあとで、愛の神はいうのだ。
 L'Amour se plaignit de la pensée qu’elle avait, et lui jura par le Styx qu’il l’aimerait éternellement, blanche ou noire, belle ou non belle ; car ce n’était pas seulement son corps qui le rendait amoureux, c’était son esprit, et son âme par-dessus tout.
 「クピドはプシケの考え(肌の色を理由に自分は捨てられて当然だ、とする)に不平を訴えた。そして、彼女に対し天地神明にかけて誓った、肌が白かろうと黒かろうと、美人であろうとなかろうと、あなたを永久に愛する、何しろ自分が恋しているのは、あなたの肉体だけではなく、何より先ず、あなたの精神であり、あなたの魂なのだから」
 ヘンリー王子夫妻の発言はラ・フォンテーヌを読んだ時の興奮を呼び覚ました。「肌の色」問題が350年の時を超えて今も生き延びていることに衝撃をうける一方、「愛」の本質の表現に徹した天才詩人の想像力にあらためて賛嘆を禁じえない。


 
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