朝比奈 誼先生のフランス語にまつわる素敵なお話




セ・サンパ
感じいい!親切!ちょっと贅沢!「セ・サンパ」とパリジャンは表現します。そんなサンパなパリを、ほぼ毎週更新でご紹介しています。
 
Black Friday 2022.12エッセイ・リストbacknext

パリのBlack Friday
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 ブラック・フライデーとは、感謝祭Thanksgiving Day(米国の祝日で、11月の第4木曜日)の翌日のこと。同国の風習にならい、何年前からか分からぬが、日本でもこの日を起点にして、有名ブランドや好評アイテムの特売が行われる。今年は11月25日にあたったが、どうやらフランスでも年々盛んになっているらしい。同日付のle Figaro紙がつぎのような見出しの記事を掲げているのを見つけた。
 « Black Friday » : pourquoi y a-t-il tant de mots anglais dans la publicité ?
 「<ブラック・フライデー>:広告に英語がこんなに多いのは何故か?」
 日本では前々から英語起源のカタカナ語が氾濫している。手近な例をあげれば、朝日新聞の「山歩きの安全」という記事(12月18日付朝刊)がそれだ。
 「(山岳総合)センターは今年4月から、少人数での「プライベート講習」をスタートさせました。「マウンテン・サロン」です。クライミングや登山のビギナーが対象で、センター内にある人工壁での「ボルダリング」、大町市内にある人工岩場を使った「ロープクライミング」のほか、…を学び…」
 ところが、フランスにはle respect de l’emploi de la langue françaiseの伝統があり、特に広告業界では厳しく、英語を使用した場合は訳語を添えるよう義務付けたloi Toubon「トゥーボン法」がある。ところが法律施行後4年たった今、CMその他に何の効果も現れていないばかりか、vitrine「ショーウインドー」やpanneaux publicitaires「広告掲示板」では英単語の混用が常態化している。こうした英語のenvahissement「侵入」に、保守的な階層を読者対象とするフィガロ紙が反応するのは当然だろう。念のために言い添えると、日本語の場合は「カタカナ」にいわば「翻訳」するステップが介在するが、それとは違って、同じアルファベットを用いるフランス語の場合は、上記の « Black Friday »のように、せいぜいカッコでくくるか、イタリック体にする程度のことしかできないから、字面の上で「侵入」「浸食」の印象がさぞかし強まるのだろう。
 ここに取り上げる記事の場合は、1970-80年代のpape de la publicité「広告界の教皇」と言われたPierre Bervilleへのインタビューの形をとった。彼の発言を2点にしぼって紹介しよう。
 一つは、HavasやPubicisのようなopérateurs franco-français「フランスのみに関わる事業者」は、ローカルな商品の国内向けréclame「広告」で満足していたため、1960年代の終りにchips「ポテト・チップス」やkleenex「クリネックス」(英語のcleanから来ている)をきっかけにアメリカ製品が大量にフランス市場に進出してくると、簡単にお株を奪われた、という指摘。
 Ce phénomène commercial a accompagné l’arrivée des annonceurs américains, de leurs méthodes de travail et de leur jargon; on a dit un « copywriter », par exemple, que l’on a tenté de traduire en français par « concepteur-rédacteur ». Ensuite, des mots dont on pensait à tort qu’ils étaient anglais sont nés. En France, on utilise encore systématiquement le franglais « roughman », au lieu de « draftsman » ou « draughtsman », les véritables termes anglais. Les publicitaires français ont peut-être ainsi l’impression de s’inscrire dans la grande tradition de la publicité anglo-saxonne et américaine, réputée la meilleure du monde.
 「この驚くべき売れ行きにともない、アメリカの広告業者や、彼ら一流の働き方や、業界用語が入ってきた。たとえば、<コピーライター>といわれたのを、フランス語では<立案・執筆者>と訳そうとした。その後は、誤ってフラングレ(日本語の「ナイター」や「シャープペンシル」に相当する英語化したフランス語)と考える単語が生まれた。フランスでは、正しい英語ではdraftsman<起草者>というべきところなのに、今もってしつこく<ラフマン>というフラングレが用いられている。フランスの広告業者は、こうすることで、世界一という評判の、アングロサクソン的、アメリカ的広告の優れた伝統に参入した気になったのかもしれない」

Pierre Berville
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 要するに、フランスの広告はアメリカ的な広告に呑み込まれた、ということになる。
 その結果、英語がCMや広告の文句にどんどん採用されることになった。
Quel effet cela était-il censé produire sur le consommateur ?
 「「それが消費者にはどんな効果を生み出すとされていましたか?」という問いに、ベルヴィル氏は答えていう。
 C’était censé montrer que lui aussi serait « dans le coup ». Comme pour le débat sur la musique française, américaine et anglaise, certains ont toujours pensé que les mots swingeaient davantage dans la langue de Shakespeare que dans celle de Molière. Dans la publicité, l’anglais est paradoxalement censé induire une notion d’exclusivité, d’excellence.
 「それは、自分も時流に乗れるということを示すものとみなされていた。フランスや英米の音楽が話題になる時と同様、単語は仏語よりも英語の方がうまくリズムに乗れると考える人が昔からいたのだ。広告では、逆説的な話だが、英語を使えば、独占的で優秀だという考えに導かれるとされている」
 面白いのは、こうして自国の広告が英語に浸食される大勢に、往年の広告界のトップが不満を持っていることだ。これを二つ目の指摘としてあげておこう。
 Pourtant, les plus grandes marques de luxe du monde étant françaises, il semble plus élégant d’avoir recours à notre langue. Mais nul n’est prophète en son pays. Et paradoxalement c’est l’inverse en Angleterre ou aux Etats-Unis, où le français est souvent perçu comme plus chic !
 「しかし、世界最高のデラックス・ブランドはフランス製なのだから、フランス語を使う方がエレガントだと思われる。しかし、<家郷にて預言者たり得る者なし>(「近い者にはその人の真価がわからない」という意味の諺)。それで、逆説的なことだが、英国またはアメリカでは、事情は正反対で、フランス語の方がシックだと思われることが多いのだ」
 アングロサクソン琉、アメリカ琉の独占支配の屈辱に甘んじまいとする、ド・ゴール元大統領以来の抵抗精神が今も健在であることを感じさせる態度ではないか。
 日本人はこれに学ぶところはないだろうか。そう言いながら、わたしもカタカナ語を連発してしまっている。やれやれ。


 
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