朝比奈 誼先生のフランス語にまつわる素敵なお話




セ・サンパ
感じいい!親切!ちょっと贅沢!「セ・サンパ」とパリジャンは表現します。そんなサンパなパリを、ほぼ毎週更新でご紹介しています。
 
コイとウサギ 2024.12エッセイ・リストbacknext

被災地を慰問したマクロン大統領 ※画像をクリックで拡大
 La FontaineのFables 『寓話』を知る読者の中には「コイとウサギ」と聞いて、Le Lièvre et la Tortue 「ウサギとカメ」を思い出す人がいるだろう。さらに、ラ・フォンテーヌにそんな寓話もあったっけと、『寓話』の目次に目をさらす人までいるかもしれない。しかし、あいにく、これはラ・フォンテーヌには関係がなく、le Figaro紙(12月4日付)のEditorial「社説」の表題にすぎない。
 それにしても、この妙な組合せは何を意味するのか?論説委員は何を言いたくてこんな題を選んだのか?この問いに答えるには前置きがいる。
昔話だが、わたしは学生時代からle Mondeを愛読していた関係で、カルチャー・スクールで「フランスの新聞を読む」というクラスを開設した時はもちろん、その後このインタ―ネット講座を始めた時も、新聞はル・モンドに決めていたのだった。ところが、ある時、記事の疑問点についてスクールの同僚のフランス人に質問した際、彼はていねいに疑問を晴らしてくれたあげく、こんなエリート新聞は教材に向かない。もっと「普通の人」が読むフィガロ紙に変えるように勧めてくれたのである。「普通の人」という言い方に誰が含まれるのかはともかく、フィガロ紙は読み易い記事が多いし、編集の視点がフランス人の日常生活に密着している。たとえば、パリのlycée「リセ」のランキングとか、vacances「ヴァカンス」の行き先の穴場とか。それで、思い切って、ル・モンドからフィガロへ定期購読の新聞を変えることにしたのだった。
 この判断に変わりはないが、一概に「読み易い」とばかりは言えぬことに気づいた。特に目立つのは、idiome「慣用語」、expression idiomatique「慣用表現」に出会う機会がふえたことだ。

 実例をあげよう。つぎに引くのは、同紙(12月20日付)の社説の冒頭部分である。Palmes tricolores 「フランスの栄誉」と題されているが、内容から逆に考えると、カンヌ国際映画祭のpalme d’or「パルム・ドール、金賞」を暗に指しているにちがいない。
 C’est un paradoxe et une première aussi. Voilà qu’en France on se réjouit d’une grève. Celle qui a paralysé les studios à Hollywood en 2023 aurait permis aux films hexagonaux de tirer leur épingle du jeu ① en 2024. Le lion de la Metro Goldwyn Mayer perd de sa superbe ? « Cocorico ! » chantent nos réalisateurs, producteurs et distributeurs. Moins de concurrence ne nuit pas mais la tendance est avérée : le public plébiscite le cinéma français et, cerise sur le gâteau ②, les films sont bons.
 (太字下線部は慣用表現)
  「これはパラドックス(逆説)だし、快挙でもある。何とまあ、フランスではあるストライキを歓迎しているのだから。2023年にハリウッドの撮影所を麻痺させたストのお蔭で、フランス映画は2024年に見事に窮地を脱した① らしいのだ。MGMのライオンは高慢の鼻柱を折られたか?<コケコッコー>わがフランスの監督や製作者や配給元は万歳を叫んでいる。競争相手が減ることは損にならないが、それ以上に趨勢がはっきりしたことが大きい。観客がフランス映画を圧倒的に支持し、駄目を押すように②、すぐれた作品が目白おしなのだ」
 この記事の背景を考えよう。夏前の総選挙でEmmanuel Macron大統領の与党は大敗し、五輪大会という休戦期間あけに満を持して登場したMichel Barnier内閣は3か月で総辞職を余儀なくされ、予算案を成立させることに失敗した。任期中半の辞任を迫る声さえ出るなかで、大統領が次期首相の選定を模索している最中に、天運もフランスを見限ったかのように、cyclone Chido 「サイクロン・シド」が海外県Mayotteを壊滅状態に陥れたなど、など。
 そんな中で、フランス映画界が2024年、にわかに活況を呈し、le million d’entrées en trois semaines 「3週間で入場者数100万」というヒット作まで出た。この大騒ぎを見て、当日のフィガロ紙は2024,l’année forimidable du cinema français 「2024年、フランス映画の当たり年」と題する特集記事を載せた。
 本社説はこの朗報に飛びつき、沈滞しきった読者の気持を盛り立てようと懸命になった。そのため、ことさら気張った文章になり、慣用句が連発されることになったことが察せられる。
因みに①は字義通りなら「遊具(?)から自分のピンを抜く」、ほとんどどの仏和辞典にも載っているようだが、②は文字を直訳すれば「ケーキの上のサクランボ」。これに触れたのはロワイヤル仏和中辞典だけ。ただし、そこではC’est la cerise sur le gâteau.「これがなくては画竜点睛を欠く」とされているが、本訳ではそれに従わなかった。

Marine Le Pen ※画像をクリックで拡大
 この辺で、問題の「コイとウサギ」に話をもどそう。12月4日付の社説の表題なのだが、上記バルニエ内閣に対する下院のmotion de censure「不信任動議」の採決が迫る緊迫した状況のなかで、極右派Rassemblement National(略称RN)の動向に関心が集まっていた。
Marine Le Pen et ses députés devraient voter ce soir le texte de la motion de censure de la gauche qui accuse le gouvernement d’être complice du RN et de sa politique antimigratoire. Quel peu glorieux mariage de la carpe et du lapin! Marine Le Pen refuse les concessions que lui propose Michel Barnier mais tolère les insultes que lui envoie Jean-Luc Mélenchon! (イタリック体は朝比奈)
 「マリーヌ・ル・ペンと配下の議員たちは今夜左翼提案の不信任動議に賛成することになるはずだが、左翼は政府がRNとその移民反対政策に同調しているとして非難しているのに。何と不名誉な縁組だろうか!マリーヌ・ル・ペンはバルニエ首相の妥協案を拒否したのに、左翼のジャン=リュック・メランションからの侮辱には耐えているのだ!」
 とりあえず「縁組」と訳したが、インターネットによればune alliance impossible, un mariage mal assorti, une union, éventuellement ratée, de contraires.「不可能な結びつき、不釣り合いな縁組、正反対な者同士の、いつ何時でも破綻しかねない連携」を意味する。
 語源については諸説があるようだが、一つを紹介するにとどめる。
 … la carpe a l’image d’un poisson religieux, liée au Carême et aux jours maigres chez les chrétiens, aux festins rituels chez les Juifs (le célèbre gefilte fish par exemple), alors que le lapin est un symbole de viande (donc de de jour gras) chez les chrétiens, et un interdit alimentaire chez les Juifs.
 「コイは宗教的な魚というイメージを持つ。キリスト教徒の間では、四旬節と断食期間に結びつくし、ユダヤ教徒の間では宗教的な宴席とつながる。(ユダヤ教徒の間では安息日の食事(たとえばゲフィルト・フィッシュ=魚のすり身の団子料理)他方、ウサギはキリスト教徒の世界では肉(したがって、肉食日)の象徴であり、ユダヤ教徒の世界では禁断の食べ物を象徴する」
 いずれにせよ、「コイとウサギ」(極右と極左)は「結婚=結託」し、不信任案は採択され、フランス政治は第四共和政末期に似たどん底状態におちいった。新規に指名されたFrançois Bayrou首相の政府が良い新年を迎えられるよう祈るばかりだ。

追記  200回を超える既往のコラムの一部を選んで、紙媒体の冊子を作りました。題して「ア・プロポ――ふらんす語教師のクロニクル」。Amazon, 楽天ブックス三省堂書店(WEB)などオンラインショップで販売中です。
 
 
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