朝比奈 誼先生のフランス語にまつわる素敵なお話




セ・サンパ
感じいい!親切!ちょっと贅沢!「セ・サンパ」とパリジャンは表現します。そんなサンパなパリを、ほぼ毎週更新でご紹介しています。
 
動詞の時制の<おさらい> 2025.1エッセイ・リストback|next

Nantes-Atlantique空港 ※画像をクリックで拡大
 2025年は昭和100年にあたるということで、あらためて現代史をふり返ろうとする機運がたかまっている。思えば、このフランス語講座も始まって20年になる。この機会に、初心に帰って、フランス語の基礎、とりわけ動詞の時制について「おさらい」をしてみようという気になった。
 というのも、1月3日のフィガロ紙にこんな見出しを見つけたからだ。
L’avion avait perdu ses pneus à l’atterissage à Nantes:le pilote achevait sa formation 「その飛行機はナント着陸の際にタイヤを損傷していた」
 ここまではよいとして、つぎのacheverがなぜ直説法半過去形におかれたか?「完了する」という意味の動詞だと分かっても半過去形の機能をつき止めぬまでは訳すことができない。記事の本体を読んで、状況を把握することからはじめよう。記事のリードの部分はこうなっている。
 Des erreurs humaines et un défaut d’informations ont été dénombrés dans un rapport d’enquête rendu fin décembre par le BEA, au sujet d’un accident qui s’était déroulé en 2022, sur un vol en provenance de Tunisie. L’incident n’avait fait aucun blessé
 「チュニジア発航空便で2022年に起きた事故に関し、フランス航空事故調査局が12月末に公表した報告書で、ヒューマン・エラーと情報不足が指摘された。事故では負傷者は出ていなかった」
 BEA(Bureau d’Enquête et d’Analyse pour la sécurité de l’aviation civile)の報告書が年末に公表されたためにニュースになった。その紹介には直説法複合過去形が使われている。二つの直説法大過去形(下線)は2022年に起きた事故の「先行性」を示していることになる。
 さて、記事は事故当日の模様を詳らかにする。いずれも直説法だが下線部の用法に注意しながら読んでいくことにしよう。
 La fin du vol avait causé① une belle frayeur aux passagers en provenance de Tunisie. Le 1er octobre 2022, un Boeing 737 de Transavia transportant 171 personnes atterrit② de manière un brin brutale sur le terrain de l’aéroport de Nantes-Atlantique. Même l’équipage, pourtant habitué aux vols, est surpris ③ par la violence du choc, par le rebond inhabituel de l’appareil et par l’étrange bruit entendu sous le fuselage, lors du roulement de l’avion sur la piste. Les passagers inquiets étaient ④ loin de se douter que leur aéronef venait de perdre ⑤ deux pneus de son train d’atterrissage avant, éclatés lors du premier contact musclé avec la piste. Et que le copilote à la manœvre ce jour-là, en formation, avait confiné ⑥ au commandant de bord qu’il espérait⑦ne pas reproduire l’atterrissage déjà bien « ferme » réalisé la veille sur la même piste. Chose promise, chose due : cela fut ⑧ pire.
① 大過去形:事件をふり返りつつ、読者の関心をそそる目的をもった用法。
② 単純過去形:2022年という過ぎ去った過去における瞬間的な行為をあらわす。ただし、同形なので現在形とみなすこともできる。その場合は、次の③と同じ用法ということになる。
③ 事件の展開を綴る時に使われる直説法現在形。文学作品のほか、新聞記事でも珍しくはない。
④ 半過去形:過去における状態を示す用法。
⑤ 「venir de +不定詞」。venirが半過去形の場合、直前の動作・行為・事態を示す。
⑥ 大過去形:着陸時における失敗に先立つ行為であることを強調している。
⑦ 半過去形:過去における現在の働き。直接話法ならj’espère...となる。
⑧ 単純過去形:直前の俚諺に合わせ、複合過去形よりも簡潔な形を選んだものと考えられるが、①と違って、これはまぎれもない単純過去形。新聞記事は複合過去形を基調とするが、単純過去形が使われる例もゼロではないことを忘れてはならない。


ボーイング737 ※画像をクリックで拡大
 以上をまとめて訳文にしてみよう。
「飛行の結末はチュニジア発便の乗客に多大な恐怖をもたらすことになった。2022年10月1日。トランサヴィア航空ボーイング737機は171名を乗せてナント=アトランティック空港の滑走路に少々乱暴な形で着陸した。飛行に慣れた乗務員でさえ、衝撃の強さ、機体の異常なバウンド、滑走路走行中に胴体の下から聞こえた奇妙な音にびっくりした。不安に駆られた乗客たちは気づくわけもなかったが、機体は前輪2個が滑走路に激しく接地した際にパンクして無くなっていたのだった。さらにまた、その日操縦していた副操縦士は見習い中で、機長にむかって「同じ滑走路で昨日やらかしたみたいにずいぶん<硬い>着陸は二度とやりたくないもの」と打ちあけていたのだった。<約束したことは果たさねばならぬ>。ところがもっと酷い結果に終った」
 以上の記述で操縦桿を握っていたパイロットが「見習い中」であることがはっきりした。記事の後半でその経歴が語られる。
 Agé de 34 ans à la date de l’incident, le copilote chargé de réaliser l’atterrissage de l’avion totalisait 448 heures de vol, dont 63 sur Boeing 737. Il se trouvait dans la phase dite d’ « adaptation en ligne » de sa formation, qui parachève l’apprentissage des pilotes de vols commerciaux. Sur le vol Djerba-Nantes du 1er octobre 2022, le trentenaire accompagnait son instructeur, un commandant de bord émérite cumulant plus de 13.000 heures de vol à son actif. Le rapport du BEA, consultable en ligne, relève que les actions des deux pilotes ont pu contribuer à l’atterrissage dur, notamment les « actions inadaptées du copilote pour augmenter l’assiette et réduire la poussée » à un moment critique, ou « l’absence d’anticipation des commandes de la part de l’instructeur », celui-ci ayant attendu l’impact et le bond de l’avion avant d’intervenir.
 「当時34歳の副操縦士は当飛行機の着陸を担当したが、飛行経験はトータルで448時間、そのうちボーイング737の経験は63時間だった。彼は民間航空便パイロット実習の最終段階、いわゆる<定期便への順応>の段階にあった。2022年10月1日のジェルバ=ナント便で、この副操縦士の脇についた機長は飛行経験13000時間を優に超えるベテラン教官だった。フランス航空事故調査局の報告書(ネットで検索できる)は指摘しているが、両パイロットの行動、とりわけ、危機的タイミングにおける<安定保持と出力制御に関する不適切な副操縦士の行動>もしくは教官が介入せず機体の接地とバウンドを待ってしまたったことからくる<教官側からの先行的指示の欠如>とが着陸ミスを引き起こしたかもしれない」
 記事はこのあと、ナント=アトランティック空港滑走路の欠陥にも触れているが、そこは省く。問題の半過去形achevaitをどう訳すか、それに対する材料はすでに十分にそろったからだ。要するに、半過去形が「未完了な動作」の表現に用いられることを想起しよう。皮肉なことにachevaitは「完了する」という行為が「完了してはいない」ことを示すわけで、次のように訳さなければならない。
 「パイロットは見習い中だった」あるいは「操縦者はもうじき実習を終えるところだった」
 直説法半過去形の機能の多様さをつき止めたところで、今回の「おさらい」を終えるとしよう。

追記  200回を超える既往のコラムの一部を選んで、紙媒体の冊子を作りました。題して「ア・プロポ――ふらんす語教師のクロニクル」。Amazon, 楽天ブックス三省堂書店(WEB)などオンラインショップで販売中です。
 
 
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