ナントの町から、フラメンコ舞踊家“銀翼のカモメさん”からのお国便り。



セ・サンパ
感じいい!親切!ちょっと贅沢!「セ・サンパ」とパリジャンは表現します。そんなサンパなパリを、ほぼ毎週更新でご紹介しています。

第十二話
Rue de la Ville en Bois (ヴィル・アン・ボワ
= 樹の街通り)を塗り替える、季節の絵の具
**序編** Melinette (メリネット)街と、緑

2006.10
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Nantes(ナント)の街の中心部から、少しだけ西に、坂を上り、そして坂を下ると、Place Melinette(メリネット広場)という大きなRond point(ロータリー)があり、この辺りは、落ち着いた住宅街、Quartier Melinette(メリネット街)を形成している。そのロータリーを一周している車道の内側は、かなり大きな円形の広場になっているので、犬が散歩したり、飼い主と遊んだりするには、理想的な都会の緑地帯である。が、頻繁に横切るには、なかなかの距離がある。そもそも、この広場の中心に、General Melinette(メリネット将軍)の銅像が立っているから、こういう名前らしい。が、私がこの広場に入るのは、大きな直径のロータリーを渡るためだけなので(= 周囲を歩いていたら、ますます長くなってしまう)、円の中心でわざわざ銅像を眺めたことはない。車道を含めると、直径70〜80mはありそうな巨大な円形の端の方にいる時に、自分の乗りたいバスが、円の反対側にあるバス停に到着しつつあったら、まず間に合わない。で、広場にさしかかると、何でもいいから走る傾向のある私は、メリネットさんが、いったい何をして銅像になった将軍なのか、知ろうとも思わなかった。

いずれにしても、この広場には緑が多く配置され、銅像の周囲は、芝生と季節の花で幾何学模様を造る西欧的仕様の庭になっており、円周に近い所には、樹木が、これも円形に植えられている。そして植木屋さんは、これらの木々1本ずつに鋏(はさみ)を入れるのではなく、隣り合って並んでいる数本が、まとまって弧を描くように、つまり、あたかも1本の木のように剪定していく。日本では、垣根になっている樹木が、こういう風に剪定されて四角い面を造っているが、メリネット広場の場合、1本1本の木がかなり大きいのに、それをひとまとめにしてしまう大規模園芸には、ちょっと驚いた。このあたりにも、西洋造園のコンセプトにおける、日本庭園とは異なる、乾燥した合理性みたいなものを感じる。

そして、地面の幾何学模様を形成する草花のほうは、ナント市の職員が担当し、時々、花を植え替えている。フランスには、春には満開のチューリップ、夏にはカンナや朝顔、…、というように、季節の花がちょうどよく咲くよう、市によって管理されている庭が街角のあちこちに見られる。当初は、その園芸能力に感心したが、実は、季節の変わり目になると、植えてある植物を掘り起こし、別の植物を植えていくのである。つまり、ずっと植わっているものに花を咲かせるのではなく、咲いているものを持ってきて、人為的に植え替えてしまう、必ず成功するパターンである。「ちょっと、八百長!」という気がしないではないが、このシステムによって、フランスの街には、旬の花満載の大きなブーケが、そこここに配置されているように見えるのだろう。こういうのを写真に撮ると、誰でも、絵葉書のように上手く撮れる。しかし、実際の植え替えを見ていると、「折角、咲いているものを抜き取らなくてもいいのに、…」と、可哀想な気がしてくる。たとえば、大きな桜の古木などで、咲いている花は(高いところにあるから)見えなくても、落花を楽しむという日本人の感性と、まだ蕾のついている株を、市役所のカレンダーにしたがって抜いてしまう、プラグマティックな造園技術は、やっぱり相容れない感じである。東洋と西洋、あるいは日本とフランスが、理屈以前に擦れ違ってしまう時、原因は、そういうところにあるのだろう。完璧でない形 = 歪んだ壺、を美しいと思い、虫の音や水滴の響きに涼しさを感じ、追風(おいかぜ)用意(= 通り過ぎた後に残る、微かな香)を楽しみたい、日本の美的感覚にとっては、ある種の、生理的痛みを伴う瞬間でもある。

しかし、別の驚きにも遭遇した。ある植え替えの日、新聞紙やバケツなどを持ちこんで、掘り起こされた植物を、嬉々として持って帰ってしまう市民達で、ごった返していたのである。どうせ捨ててしまうのだからリサイクルしようという、こちらも、西欧的合理性の成せる業だろうか?『捨てる神あれば、拾う神あり』というのは、こういうことかも知れない。世の中は、うまく出来ている。

Place Melinette (メリネット広場)。
General Melinette (メリネット将軍の銅像)の前に幾何学模様の庭の一部、後ろに、5本まとめて弧を描くように剪定された樹が見える。
これは、4月頃の写真なので、花壇にはチューリップが植えられている。



5月になると、広場の樹も爽やかに茂ってくる。




6月半ばを過ぎ、花壇のチューリップは、朝顔に植え替えられている。




「とっても紫!」の朝顔と同時に、小さめのバナナの樹と、黄色いグラジオラスのコンポジションも登場し、広場は、夏を装う。



ところで、このメリネット広場は、ロータリーの中心にあるので、周囲には放射状に、6本の道が伸び、道の間を埋めるように、同じ形の建物が配置されている。そっくり同じ建物なので目印にはならないから、この辺の地理を知らない人は、何回廻っても、このロータリーから、出られないかも知れない。そのうち、ガソリンが切れたら大変である!が、とりあえず、ガス欠にならないうちにロータリーを出られた場合は、放射状の道を進むに連れて、それぞれの建物の背後にも庭園が設(しつら)えてあるのがわかってくる。したがって、銅像を中心に、大規模に広がっていく同心円の緑が形成されていることになる。そして、この広場から少し奥まったところに、Rue de la Ville en Bois(ヴィル・アン・ボワ通り)が、やや東西に走っている。このあたりの風光から生まれたような、〈樹の街通り〉という名称である。お屋敷の多いこの通りにめぐる四季は、それぞれの季節の、いろいろな時刻に、思いもかけない、彩り溢れるsequences(シークエンス)を上映してくれる。一つ一つの場面が、瞬間の芸術として完成され、しかも、完成された直後、それだけでは飽き足らないかのように、もう、次のコンポジションを探っている。尽きない可能性を求めて、刻々と変化していく。そして、〈樹の街通り〉は、どんどん塗り替えられていく。

これは、私達のPlanete(星)= Globe Terrestre(地球)の、純真で、気紛れな遊びなのである。地球は、お洒落で、遊び心を持った星なのだろう。溢れる太陽と戯れる海も、嵐の前触れのような空模様も、街角に吹き溜まった落ち葉も、白い北極で寝そべる白クマも、みんな美しい。穏やかな日も、猛り狂った日も、地球は、独創的な色彩の妙技を見せてくれる。いつもいつも、見せ続けてくれる。だから、なるべく、それに気づきたい。地球だって、「この新色、いいでしょう?」、「あの材質もね、なかなか手触りがよくて…」と、千差万別の見本帖を、次々に出してきてくれるのだ。もし、私達人間が、その熱心な制作意欲に無関心だったら、地球としても、随分つまらなく思うに違いない。同じ窓から見える、同じ景色が、刻々と変化する光の洪水の中で衣装を着替え、忍び寄る影の波間で表情を創り、「窓」というスクリーンいっぱいに拡がる。ちょうど、大気をキャンヴァスにした大看板が、年中、架け替えられているような感じである。同じ空間が、それぞれに、贅を尽くされた空間になっていく。しかし、さりげない。そして、飾らない。だから、悉(ことごと)く、美しい。地球は、本当にお洒落なのだ。

こんなシックなPlanete = 地球 が、無尽蔵なインスピレーションをたっぷり沁み込ませた絵筆で、さらりと描きあげた無数の作品群の中で、〈樹の街通り〉をモチーフにした数点と、私は、偶然にも出会うことができている。それを、捲(めく)ってみようか?
(octobre 2006 次回に続く)

陽(ひ)と影と 遊ぶ地球に 嵐来て めぐる季節の シナリオ捲(めく)る
カモメ 詠

Melinette(メリネット)街へのアク セス
- Paris - Monparnasse(パリ - モンパルナス)駅から、TGV Atlantique = Le Croisic(ル・クロワジック)方面に乗り、Nantes(ナント)下車(約2時間)。
- ナント駅北口から、Tramway(トラムウェイ)の1番線に乗って、3つめのPlace du Commerce(コマース広場)下車。ここは、バスターミナルになっている。
- バスは、以下のいずれかに乗れば、10 〜 15分で、Place Melinette(メリネット広場)に到着する。
No. 11 Mendes FRANCE - Bellevue(メンデス・フランス - ベルビュー)方面
No. 21 Gare de CHANTENAY(シャントネイ駅)方面
No. 23 Mendes FRANCE - Bellevue(メンデス・フランス - ベルビュー)方面
No. 24 Preux(プルー)方面
- メリネット広場から、放射状に広がる道の一つ = Rue Richer(リシェー通り)に入り、最初の四つ角で交差しているのが、Rue de la Ville en Bois(ヴィル・アン・ボワ通り)。

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