ナントの町から、フラメンコ舞踊家“銀翼のカモメさん”からのお国便り。



セ・サンパ
感じいい!親切!ちょっと贅沢!「セ・サンパ」とパリジャンは表現します。そんなサンパなパリを、ほぼ毎週更新でご紹介しています。

第十七話
忘れられた船達の記憶
**前編** 

2007.05
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このシリーズの第1作で御紹介した、ノワールムティエ(Noirmoutier)島(西フランスの首都ナント = Nantesから西南西に、車で1時間15分くらい、〈大西洋に浮かぶ〉というより、引き潮の時は〈陸続き〉になる島)に、私達はよく出かける。時間が出来た時、そして、天気がいい時、プジョー(Peugeot)の真っ赤なドゥー・サン・サンク・ジュニア(205junior = プジョーの、かなりヒットした車)を走らせて、私と夫は西に向かい、島を目指す。私達は、この細長い島を包み込む、柔らかくてやさしい空気が大好きなのである。空気の粒に、水彩画のようにさらりとした湿り気があり、希薄な潮の香りがあり、空色っぽい大気の中に、島が浮かんでいるような感じがする。ナントから近いのに、日常とは、遠くなれる、そんな島である。基本的には、気候の乾燥したフランスの空気は、アグレッシブに肌を突き刺さしてくるのだが、この島の空気は、水気をたっぷり含んだスポンジのように、カサカサと乾燥した肌を、ジューシーに潤してくれる。でも、湿っぽくはない。その辺の、ちょうどいいサラサラ感が、自分の気持ちの隙間にも浸透し、何かがさりげなく癒されていく。

この小さい島には塩田が沢山あるが、すでに車で、大陸側の、ノワールムティエ島に面した地域に入ってくると、平らな土地に塩田の広がる、特殊な風景が始まっている。フランス語では、marais salant( = マレ・サラン : 塩分のある沼)というから、おそらく初めは、自然に出来た海水の沼を利用していたのだろう。野性的な沼に隣り合うように、現在では、区画整理された長方形の塩田も、きれいに揃っている。したがって、海抜も非常に低くて、海抜0mより低い(堤防に守られている)ところに畑があったり、牛が放牧されていたりもする。遮(さえぎ)るものがないので、風も強い。ノワールムティエに向かい合った、本土のブワン(Bouin)という市に、その強風を利用した風力発電が行われている。ジャガイモ畑しかないところに、巨大な風車が8機ほど並んで設置されている。遠くから見たら、静かに、エコロジカルに回っている感じだが、近づくにつれて、力強くブンブン回っているのがわかってくる。というより、市の名前のとおり、ブワンブワン回っているのかも知れない。風の神アイオロスの名をとった風車は、eolienne (エオリエンヌ)と呼ばれ、その設置地域は、エオリアン・パーク (Parc Eolien) と名づけられている。風車の真下に行って見上げてみると、恐ろしいほど大きい。無機的な真っ白い風車だから、取り付く島もないほど、大きく見える。
こんな風に、どこへ行っても非常に平らだから、島じゅうに大西洋が入り込み、あちこちに海水の通り道があるような地形を造っている。それで、空気の粒子が水っぽいのだろうか。日本の夏の大気に比べたら、ずっとさらりとしているが、それでも、私にとっては、ちょっとだけ日本の海沿いの空気に似ていて、記憶の彼方で懐かしい何かに出会ったような、嬉しい感じが沸いてくる。だから、プジョーの205が島に近づいてくると、おそらく、故郷のプラットホームに、自分の電車が入ってくる時のような、何の説明も要らない安堵感を味わえるのだろう。

さて昨年の5月、フランスは、寒い寒い春に凍えていた。私達のアパルトマンでも季節外れの暖房をつけて、トースターでパンを焼くついでに、(その上方にかざした)手を温めながら、コーヒーを飲んだりしていた。初夏は、どこに行ってしまったのだろう、このまま冷夏なのだろうか?と、半ば諦めかけた6月初めの午下がり、待ちに待った太陽が、ちょっとだけ微笑みかけた。その瞬間、私達は、クーラーバッグにペットボトルとポテトチップを詰め込み、真っ赤な205に乗り込んだ。気の弱そうな陽が射し始めた、街ごと湿っぽいナントを後にして、「太陽を浴びるのだ!」という固い決意で発進した。205の責任感に満ちた、ブルルルッというエンジン音を聞いて、私達は満足した。これ以上ここにいたら、すっかりカビが生えてしまう、という感じだったのである。「どこへ行こうか?」と聞いたら、夫は、「車が知っているから、そのうちわかるよ!」と言った。そして、頼もしいスタッフ = 205は、いろいろな選択肢を次々と排除し、確信に満ちた様子で、ノワールムティエ方面を選んでいった。長雨の続いた5月に、車も、うんざりしていたのだろうか?フェラーリ(Ferrari)のように真っ赤なボディー(何故か、1991年のこの車種の赤は、本当に、フェラーリとか、ランボルギーニ = Lamborghiniのような、熱いイタリアン・レッドなのである)が、嬉々として島に向かっていく。

島に着くと、引き潮の時刻だった。この日は大潮だったらしく、随分、引いている。この島では、海と陸の境目は、いったいどこなのだろう?と考えるほど、あちこちに海水が入り込んでいる。川ではないし、運河でもないのに、水門がある。おそらく、塩田の水位を維持するために、水門を開閉するのだろう。だから、この大潮の日の引き潮の時間帯、水門は閉じていた。そして、舫(もや)ってある船も、みんな泥の上に腰を下ろしている。何層もの船が、浮かんでいないで、並んだまま着地しているのは不思議な光景だが、遠浅の海が、本当に何qも遠ざかってしまう、フランス西海岸を見慣れてくると、そのうち驚かなくなる。

着地した船の間に残っている、水溜りのような海は、チャラチャラという軽い音をたてながら、かなりの早さで外洋に向かって流れていた。潮は、まだ引き続けているのである。その僅かの海に6月の太陽が燦爛とし、水と光が遊んでいた。太陽を浴びると、何でも美しくなる。同じ色も、ずっとよく映える。どんなオブジェにも温度が宿る。フリーズドライになっていた生命が、動き始める感じ。そして、影が出来る。影が、物体の3Dを強調し、光を浴びた部分を、もっともっと美しく見せる。影は、コントラストを生み出し、光を、さらに眩しく輝かせる。光を支配しているのは、影なのだ。6月の影は、光の存在を強調するために、次第に濃く、黒くなっていく。そして、ああ、やっと夏が来る。

この辺に舫ってある船は、ほとんどが帆を持ったプレジャーボート(停泊している時は、帆は畳んであるが)で、それぞれに、美しいラインを見せている。そういう船体の白が、6月の陽光に弾ける時、〈サンセットクルーズ〉というものを、やってみたくなったりする。昼寝をするように、ゴロッと重なった船の向こうに、小型の造船所(chantier naval = シャンティエ・ナヴァル)が並んでいる。船のメンテナンスもやっているのだろう。船体のペンキを塗り替えるときには、船を陸に上げて、よく乾かしてから作業する。その造船所の奥にも、狭い道が続いているらしい。あれは、どこに通じているのだろう?ちょっと行ってみたくなった。

好奇心を駆り立てられた私達は、また、真っ赤な 205 に乗り込み、狭い、埃っぽい道に入っていった。すると、だんだん周りに流れている空気の質感が変わってきた。さっきのプレジャーボートは、柑橘系の香水をふりかけたように、爽やかに停泊していたのだが、そういうリゾートっぽい香りは、どこかに飛んでしまっている。代わりに、廃墟の中を進んでいるような印象が、砂埃ように、ふうわりと漂っていた。その崩壊の微粒子は、〈どうにもならない諦め〉みたいなものに似ていて、もし、それに色があったとしたら、マット (= 艶消し ) なベージュだろうか。傾いた遺跡に堆積する、歴史の滓(おり)の中に、自分たちも沈殿しつつあるような重い感覚が、私達を包んでいった。

本来なら、水彩画 = aquarelle : アクアレルという言葉の色彩溢れる音(おん)が、そのままぴったりする島の空気に、荒んだ、乾いた沈黙が横たわっている。それは、私達が、今まで何回となくノワールムティエ島を訪れながら、吸い込んだことのない、香らない空気だった。何かを訝(いぶか)りたい気持ちごと、砂利道に揺られながら、ガタガタと進んでいく。数10mが、妙に長く感じられる。やがて道を抜け、視界が開けると、真っ赤な205のフロント・グラスには、あまりにも予期せぬパノラマが展開していた。引き潮で、すっかり干上がった泥の原っぱに、何艘もの傷んだ船が、打ち捨てられていたのである。船の墓場とでも、言うのだろうか。そこでは、時間が止まっていた。そして、真夏の瀬戸内海の凪ぎのように動かない空気が、濃い油のような執拗さで、時間という軸に、へばり付いていた。いったい、いつから、こんな風に捨てられてしまっているのだろう?

(mai 2007 後編に続く)


大潮は 海(うみ)運び去り 舟残す 
夏影(なつかげ)黒く 夏陽(なつび)眩しく
カモメ 詠

区画整理された塩田。塩田の向こうに、小さなピラミッド状に堆積しているのが、集められた塩(gros sel = グロ・セルという、大粒の結晶の塩 )。

自然に出来た、海水の沼。大きな沼には、船着場が出来ている。この沼の向かい側が、次の写真の牛。



海抜0mより、低いところに放牧された牛。畑より少し高いところに、小道が見られるが、この道の突き当たりが、大きな堤防になっていて、その堤防が、この地域全体を護っている。


エオリエンヌという風車が、平らなジャガイモ畑に、立ち並んでいる。


快晴の空に向かって、伸びていくような巨大な風車の羽。


風車の足元に立っている、身長176cmの夫と比較すると、あきれるほどの大きさが、よくわかる。


引き潮で海は遠ざかり、舫われている船は、やわらかい泥の上に着地している。細く残った海水は、まだ引き続けている 。


着地した船の向こう岸に、小型の造船所 (chantier naval = シャンティエ・ナヴァル ) が並んでいる。修理のために、陸揚げされた船も見える 。


かなり大型の帆船。後ろに、閉じた水門が見える 。


水門の上は、常時、橋になっていて、ペットボトルとポテトチップスを詰めたクーラーバッグを持って歩くと、こういう感じになる。

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