しかし、新入生の気持ちはどこの国も同じらしい。特に初日の幼稚園には、親から離れるという初めての‘環境’に泣き叫び、しゃくりあげる幼子の姿がちらほら見える。今はもう髭面の我が家の長男も、泣きはしなかったが、情けなそうな目をして、私の手を握っていたっけ・・・。
「3歳にもならない子が朝8時半から午後4時すぎまで‘学校’(フランス語では幼稚園も大学も同じ‘エコール’という単語で表現される)に行くなんて!」日本の両親が知ったら、反対しただろうな。幼子の社会生活第一歩を晴れがましく思う気持ちと同時に、少し複雑な心境の私だった。同じ年に生まれた子供達が9月に新入生になる。つまり、息子のような、10−12月生まれは学年のおちびさん。だから一年遅らせて入学させる親も少なくない。ましてうちはフランス語を母国語としない、外国人だ。
その時、ふくよかな体型の、担任のマダム・シャスレがくりくりした金髪を揺らしながら、「さあ、いらっしゃい。一緒にお絵かきしよう?」とやさしく手を差し伸べてくれた。眼鏡の奥の青い瞳が笑っている。息子は私の手を放すとすーっとマダム・シャスレの方に寄って行った。
「またあとでね」息子を教室に残して立ち去る私は、大仕事を終えた時のような、ちょっと熱っぽい感覚を覚えた。新入園児たちの名前と写真がずらーっと張り出された廊下をゆっくり歩き、エコールの玄関のところまで来ると、ガラスの扉に張られた紙の上のRENTREEという文字が目に入った。この言葉のもつ深い温かさにあらためて気づき、私の心は和んだ。
この季節になると、私は、あの20年も前の日を昨日のことのように思い出す。私は新米の「新入生の母親」だった。 |
息子の幼稚園時代のもの。
エコールのお祭りで、3歳児はピエロになりました。 |