6月、公園の菩提樹の花がいっせいに開いて、甘くて清らかな香りがいつもの遊び場にふんだんに立ちこめています。陽差しは強くなりましたが、木々がたくさんのまだら模様の木陰を作り、緑の天蓋からは星のような木洩れ陽が、キラキラと子どもたちに笑いかけています。半袖・半ズボンから出る手足が、去年よりぐんと長くなったケイの笑顔にも、永久歯が恥かしげに、でも誇らしげに何本か輝いています。
9月から始まった学校は、この月で年度末を迎えます。あっというまの1年でした。最初のころ、字が読めなくて毎日の宿題に泣かされていたケイも、年が明けてようやく、教科書の文章が追えるようになりました。それまでただの記号であった文字が、色や形や大きさを伴い、彼の中の「知の泉」に1滴ずつ、しずくのようにぽとりと落ちていくのを、日々目にするような思いでいました。読めるようになって、道端の看板にも興味を示しだし、
「あそこにほら、フナがあるよ!」というので見ると、フナックFnacという大手のメディアショップ。
「あれはフナックと読むのよ」
「じゃあタバtabac(タバコ屋)はタバックと読むの?」それはタバと読むなぁ。と、親子でフランス語の不思議に立ち会ってきた1年でもあったのです。
年度末ということで、学校でも習い事でも、発表会や、試合大会が毎週行われるような忙しい月でもあります。ケイは習い事として柔道をしており、最後の試合には皆にメダルが授与されました。女の子でバレエやピアノをしている子のお母さんは発表会の衣装を調達するのに大忙しです。学校では、合唱発表会、クラブ活動発表会、そして『ケルメスKermesse』と呼ばれる学校をあげての最後のお楽しみ会!
ケルメスは子どもたちだけでなく、保護者の間でも準備が怠れない大事な催し物です。事前に集会が開かれ、どのような飾りつけ・食べ物・飲み物を調達するか協議されます。そして何より肝心なのは『トンボラTombola』と呼ばれるくじ引きの商品を募ること。保護者からの商品の寄付を呼びかけます。月の半ば頃には景品が貼り出されました。「1等、任天堂DS、2等キックボード、3等、絵の具セット、他にもたくさんの景品がいっぱい!」 登下校時に校門脇に机が置かれ、高学年の子らが「トンボーラ!トンボーラ!」と威勢のいい声をあげてチケットを売っています。人だかりに混じって、1枚1ユーロの赤と青の各二色のチケットを、ケイは上級生のお姉さんから買いました。傍で同級生のユーゴがごねています。「どうしたの?」と彼のお母さんに聞くと、
「ユーゴったら1等が当たるチケットを買わないとダメだっていうのよ。それは誰に当たるかわからないって言ってるのに、それがわからないの!」
「ケイも昨日そう繰り返していたわよ」と私。「みんな同じね!」
さて、6月最終週のある日、ケルメスは18時から開かれました。少し遅れて学校にたどり着くともう大賑わいです。校庭にはたくさんの屋台が設けられていて、子どもたちが遊びに興じています。釣竿でおもちゃの魚つりや、ダーツゲーム、ボウリング、i-Podを使っての曲当てゲーム、手品・・・どれも上級生たちが当番をしていました。フランスらしいのは、「クスクスの宝探し」クスクスはアフリカ産の小さな黄色の穀類で、フランス人はスープと一緒によく食べます。それを大きなボウルに入れて、中に1サンチーム硬貨を混ぜておきます。それを1分以内に探すゲームですが、これがなかなか難しい! 小さな手が一生懸命探すのですが、クスクスが常にサラサラ落ちてきて肝心の硬貨が見つかりません。
ひととおり遊んで今度は腹ごしらえ、講堂に行くと保護者がホットドッグや、ケーキ、ジュース、ピザなどを販売していて大盛況です。
そうこうしているうちに校庭の片隅で待望のトンボラが始まりました。人だかりしている肩越しに除くと、校長先生が番号の入った箱を持ち、小さな幼稚園児が手を中に入れて数字の書かれた紙片を取り出し、それをマイクで、児童が読み上げています。読み上げられる度にどこかで歓声があがったり、落胆の声だったり。絵本や、筆入れ、色鉛筆、塗り絵・・・いろんな景品が小さな手に渡っていきました。
「当たるかなぁ? 当たらないかなぁ?」
ここまできてやっとトンボラの仕組みがわかったケイは真剣に耳を澄まして聞き入っています。「やっぱり当たらないや!」そうケイがつぶやいた時、
「赤の213番!」
あっ、ケイのだ!
「ボク! ボク赤の213番!」弾丸のように前に飛び出していった彼。当たったのはなんとプールセットでした。大喜びです。
最後に1等の景品を上級生の女の子が射止めると、会はお開き。当たった景品を大事そうに抱えて家に帰ったケイは、
「やっぱりDSはペール・ノエルに手紙を書くよ!」
そうつぶやいて親を苦笑させたのでした。