朝比奈 誼先生のフランス語にまつわる素敵なお話




セ・サンパ
感じいい!親切!ちょっと贅沢!「セ・サンパ」とパリジャンは表現します。そんなサンパなパリを、ほぼ毎週更新でご紹介しています。
zen「禅」思想の浸透 2008.5エッセイ・リストbacknext
 サイズは10×10cm、156ページの超小型本なのに4,50ユーロ。この定価は割高だと思ったが、PAPA ZEN(Presse du Châtelet社刊)という表題に惹かれて買った。裏表紙には、フランス語文の中に漢字の「禅」の一文字が目立つように印刷されている。さらに各ページのテクストは短歌や俳句みたいにパラパラと組まれ、その背後に「気」という漢字(行書体)が透かしのように入っている。このあたり、フランス人の東洋への憧れを掻き立てる趣向にちがいない。

PAPA ZEN
 著者はErik Pigani。psychothérapie「精神療法、心理療法」の専門家、ピアニスト、作曲家、ジャーナリストと多彩な活動で知られているようだが、psychologie transpersonnelle「超個人心理学」をどうやらアメリカで学んだ人らしい。この方面はまったく不案内なので、深入りは避けるが、この本を見るかぎり、著者がzenの良き理解者であることはまちがいない。
 面白いのは、禅の発祥地は中国で、臨済宗の開祖栄西も曹洞宗の開祖道元も宋に留学してその神髄を学び、それを日本に伝えたにすぎないのに、「禅」は中国音のchan「チャン」ではなく、日本流の発音「ゼン」がそのままzenとなって世界に通用していることだ。明治時代に渡米し、英語で禅思想の紹介に努めた鈴木大拙(スイスの心理学者Jungとも親交があった)の功績かと思われるが、このPAPA ZENの中でもEisai やDôgenや le Temple de la paix retrouvée(永平寺)の名はもちろんのこと、kôan(公案)や satori(悟り)といった日本語がしきりに出てくる。たとえば、公案はつぎのように解説されている。
 Méditer sur un kôan a pour but de relâcher la volonté, le mental et l’ego, afin d’approcher au plus près sa vraie nature : car c’est lorsqu’on ne pense pas que commence le zen !
「一つの公案について瞑想にふける、その目的は、意志・心・エゴを捨てて(つまり、禅宗でいう「放下」だろう)自らの本性にできるかぎり近づくことにあります。というのも、禅は、まさに人が考えなくなった時に、始まるものだからです」
 ここに出てきたzenは名詞だが、表題のZENはどうか?これは性数無変化の形容詞で、relatif au zen「禅に関する」の意味だ。だから、タイトルを和訳すれば「禅を実践するお父さん」くらいのところだが、zenが「平静な、寛いだ」の意味になることも加味すべきだろう。
 ところで、この本には副題がついていて、L'harmonie en famille「家庭内の融和」とある。中身はどうかというと、上記のようなzenについての入門的な解説のほかは、いわば箴言のような形式の忠言、格言、金言が100個ほど並べてある。
  Vous trouverez dans ce livre des réflexions qui ont pour dessein de vous inviter à être, devenir ou rester non seulement un « papa zen », mais aussi un homme un peu plus serein au quotidien.

鈴木大拙
「本書の中にはさまざまな意見が並んでいますが、その狙いは、読者を単に<禅を実践するパパ>であるように、そうなる、あるいはそうありつづけるように誘うばかりでなく、日常生活全般の中で今よりすこしは心静かな人間であり、そうなる、あるいはそうありつづけるように誘うところにあります」
 以下、いくつかを拾いあげてみよう。
 ◆Ne dites jamais à un enfant : « Tu te prends pour qui ? »
Il finirait par penser qu’il n’est pas une personne unique et digne de respect.
「子どもに向ってこんなことをけっして言わないように。<自分のことを何様だと思ってるんだ?> そんなことを言われつづけていると、子どもはしまいには考えるようになるでしょう。<自分はユニークで、傍から尊敬されるにふさわしい人間、というわけではないのだ>と」
 ◆Comment pouvez-vous gérer un conflit entre vos enfants
 si vous-même ne savez pas gérer vos conflits intérieurs ?
 「お子さんがた同士の喧嘩をどうやって収めることができるのですか?
 もしもご自身の内面の葛藤を収められないとしたならば」
 ◆Faire une promesse à un enfant, c’est faire exister son avenir.
 Ne lui faites jamais de promesses que vous ne pourrez pas tenir :
 vous risquez d’insécuriser son futur.
 「子どもに約束をする、それは子どもの未来を存在させることです。守れない約束はけっしてしないこと。うっかりすると、子どもの未来を不安定にする危険がありますから」
 ◆« Tout mouvement est une chance à saisir », disent les Chinois.
Avez-vous déjà pris le temps d’observer le déplacement des nuages avec vos enfants ?
 「<すべての運動は、掴まえるべき好機である>とは中国の格言です。あなたはこれまでにお子さんがたと一緒に、雲の動きをじっくりと観察したことがありますか?」
 ◆Ne soyez pas plus exigeant avec votre enfant que vous ne l’êtes avec vous-même.
 「お子さんに対して、ご自身に対する以上に多くを要求してはなりません」
 こうした忠告の向こうに見えるのは、悩める父親の顔であり、その点は日仏の隔たりを超えた共通項であるにちがいない。父の辛さには変りがないのだ。ただ、そう思う一方で、フランスの父親の方が現在の日本の父親より権威主義的であり続けているという気もする。その背景には個人主義の伝統がかかわっているに相違なく、フランスの子どもは幼児時代からすでに自己主張がつよいという証明にもなるのだろう。
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