朝比奈 誼先生のフランス語にまつわる素敵なお話




セ・サンパ
感じいい!親切!ちょっと贅沢!「セ・サンパ」とパリジャンは表現します。そんなサンパなパリを、ほぼ毎週更新でご紹介しています。
キプロス問題 2013.4エッセイ・リストbacknext

パウロの第一回伝道旅行(新約聖書II「ルカ文書」、岩波書店刊より) ※クリックで拡大します
 地図を見ると、キプロス(Chypre, [英]Cyprus)の周りはトルコ、シリア、レバノン、イスラエル、エジプト。まさにイスラム圏に包囲されている感じだが、大昔、古代ローマ帝国の時代にさかのぼれば、地中海の東端近く、イエスの生地の沖に位置していたのである。とすれば、パウロの第一回伝道旅行がここキプロスから始まったということも自然に納得できる。新約聖書「使徒行伝」Les Actes des Apôtres 13.4-12によると、Saul(ヘブライ系の名。Paulはローマ系の名)は魔術師の妨害を斥けて地方総督proconsulのSergius Paulusへの伝道に成功する。これによって地中海西部、北部のキリスト教化が始まったと考えれば、ヨーロッパにとってキプロスの存在価値はまことに高いといわなければならない。
 そのキプロスが経済破綻の状態におちいり、ヨーロッパ連合から援助と引き換えにune taxation de l’ensemble des comptes bancaires du pays「全銀行預金への課税」を要求される羽目になった。議会がこれを拒んだため、ヨーロッパ中央銀行は合意が得られぬかぎりne plus fournir de liquidités aux banques chypriotes「キプロス銀行への流動資金の供給を停止する」と脅しをかけるまでの騒ぎになった。3月25日、土壇場で最悪の事態は回避されたが、Le Monde紙(3月26日付)はつぎの見出しをかかげた。
 Le FMI et Berlin imposent leur loi à Chypre
「国際通貨基金とベルリンはキプロスに自分たちのルールを押しつける」
「自分たちのルール」の具体的な中身はつぎのようにまとめられている。
En contrepartie d’une aide européenne de 10 milliards d’euros, Nicosie sacrifie son secteur bancaire.
 「EUからの100億ユーロの援助の代償として、ニコシアは自国の銀行部門を生贄にする」
 「生贄」の実態は同国第2位の銀行Laiki Bankを閉鎖し、首位のBank of Cyprusは残すかわり、根底から再編するというもの。NicosieはむろんNicos Anastasiades大統領が率いるキプロス政府を意味するが、当面、自国の破産とユーロ圏離脱を回避したことになる。
 同紙にはニコシア大学政治学教授でFondation Friedrich-Ebertキプロス代表のHubert Faustmann氏のインタビュー記事が載っている。その見出しが面白い。
 Aujourd’hui, il y a l’horrible Allemagne, la mauvaise Europe et la bonne Russie.
 「今や眼前にあるのはおぞましいドイツと、悪者のヨーロッパと善人のロシアです」
これはいわゆる「トロイカ」のパロディだろう。以前、ギリシアをめぐるユーロ危機の時に問題にした「トロイカ」(2012年6月「コトバは生き物だ」)である。その際、被援助国ギリシアに強硬姿勢をとったのは「ヨーロッパ委員会、ヨーロッパ中央銀行、国際通貨基金(IMF)」の三者で、これが今もニュースで使われる「トロイカ」の正体だ。それのパロデイとはどういうことか。
前掲の「ル・モンド」の見出しに戻ってみよう。主語が三者ではなく、IMFとドイツ政府だけになっているではないか。つまり、今や状況が切迫して、ドイツが前面に立ってキプロスに圧力をかけたという構図なのだ。「おぞましいドイツ」といわざるをえなくなった。問題のインタビューアーはフランス人だから、そこに食いつこうとした。キプロスに暮すドイツ人として反独感情antigermanismeを感じることはないか、と質問した。ファウストマン氏の答はこうだ。
 Les Chypriotes distinguent les citoyens allemands de leur gouvernement, mais ça peut aller plus loin. Certains ont même appelé au boycottage des magasins Lidl! Le pire, c’est que cette crise profitera aux Allemands, car les dépositaires des banques des pays du Sud vont aller mettre leur argent en Allemagne. Mais c’est une tragédie pour l’Allemagne, qui apparaît comme une puissance trop dominante, comme pour l’Europe.
 「キプロス人はドイツ市民と政府とを区別してくれています。でもこの先はひどくなるかもしれませんね。リドル(ドイツが世界各地に展開するスーパー)での不買運動を訴える輩もいますからね!最悪は、この危機でドイツが儲けることです。というのも、南欧諸国の諸銀行への預金者たちはこの先ドイツに預金するでしょうから。しかし、過度に支配的な強国に見えてしまうのは、ドイツにとってもヨ-ロッパにとっても悲劇です。」
 問題の「パロディ」はファウストマン氏の発言なのだが、その前段はこうなっている。
 Les pressions allemandes sur Chypre poussent à idéaliser les Russes, alors qu’ils sont une part du problème.
 「ドイツがキプロスに圧力をかけたため、ロシアを理想化する結果になっています。実は彼らも問題の一因なのですが。」

Nicos Anastasiades大統領
photo: European Peoples Party
 このあと問題の発言が続くのだが、その補足説明を読むと、EU圏にありながらロシアに頼るキプロスの辛い立場が浮き彫りになる。
 Que l’Europe pousse l’un des présidents les plus pro-Occidentaux, Nicos Anastasiades, dans les bras de la Russie serait un vrai paradoxe.
「EU側が歴代大統領のうちでも最も西欧贔屓の一人ニコス・アナスタジアデスをロシアの方に押しやるとすれば、これこそ真のパラドックスでしょう。」
「キプロスはとてもヨーロッパ的な国でした。アイデンティティからしてギリシアであり、ヨーロッパなのです。キプロス人はヨーロッパを信じています。が、今日、疑惑をもちだしている、裏切られたと感じているのです。しかし、EUを離脱することはないでしょう。トルコに対抗するため、戦略的にEUが必要なのです。」
 キプロスが英国から独立したのは1960年だが、1974年以来国土の3分の1はトルコに占領されていることを忘れてはならない。面積が四国の半分ほどしかない狭い島が南北に分断されて、朝鮮半島のような事情が今もつづいているのだ。
筆者プロフィールbacknext

【NET NIHON S.A.R.L.】
Copyright (c)NET NIHON.All Rights Reserved
info@mon-paris.info