ナントの町から、フラメンコ舞踊家“銀翼のカモメさん”からのお国便り。



セ・サンパ
感じいい!親切!ちょっと贅沢!「セ・サンパ」とパリジャンは表現します。そんなサンパなパリを、ほぼ毎週更新でご紹介しています。

第三十三話
Savon de Marseille
(マルセイユ石鹸)の泡立ちは
地中海文明の手触り
**序編**

2009.11
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1月中頃、Cote d'Azur (コート・ダ・ジュール)に出かけた。西フランスにいると、ちょっと暖かい感じの日は、「今日は、あったかくて、いいなあ!」と思っているうちに、すぐ雨になってしまう。つまり、曇り傾向の空に塗りこめられることの多い地方なので、<Plein Soleil = 太陽がいっぱい>という感じが大好きな私達は、いささか辟易している。で、自分達の心象風景を描くパレットに、どうしても爽やかなライムのような色彩を搾りだしたいと考え、Nice (ニース) 行きの飛行機を予約した。2003年に、初めてコート・ダ・ジュールを訪れて以来、私達は、この地方の、無類の美しさにすっかり魅了され、出来れば、毎年のように足を運びたい、心的必要が生じてしまったのである。実際、小雨混じりのグレーっぽいナントを出発して約1時間、<当機は、まもなく、ニース・コート・ダ・ジュール空港に着陸します。現地の気温は・・・>という機長のアナウンスが自信たっぷりに聞こえてくる頃には、私達は、青い碧いRiviera (リヴィエラ)の空を、陽光燦々 (さんさん) (私はいつも、この「さんさん」が、sun sun (英語の「太陽」) とピッタリで面白いなあ、と思っている) のヴァカンスに向かって、飛んでいる。それほど、この2つの地方の天気は、違うのである。『違う国』と呼んだ方がいいかもしれない。

そして、着陸してから到着ロビーまでの僅かな時間ですでに、揺れる椰子の木と、柑橘類のようにジューシーな南仏の太陽に洗礼され、私達の脳波は、あっと言う間に、ラジオ・ヴァカンスという感じの周波数(曇り空のナントにいたら、どうにもキャッチし難い周波数である)に、乗っかってしまうのだった。搭乗前に預けた荷物を受け取ったら、すぐにレンタカーを借り、ニースから、ひたすら東、つまり、イタリア方向に、ゆっくりと走り始める。あまり速く走ると、プリズムのようにきらめく、この地方の美しい空気を十分に満喫できないような気がして勿体ないので、ゆっくり走る。途中、Monaco (モナコ)を通る。全長僅か3kmばかりの、この小さな公国には、文明と文化と莫大な富が集中している印象だが、以外にも、市営パーキングは最初の1時間無料だし、現在の、甚だしい物価高のフランスと比べたら、リーズナブルな価格と、感じのいいサービスで、美味しい食事ができる。そして、さらにイタリア方面への道を進み、一番イタリアに近い街 = Menton (マントン)に到着する。ここは、小さな入り江の街。昔は、漁業とレモンの収穫だけで生計を立てていたマントン。19世紀半ば、偶然、遊びにきた北欧の貴族が、この街の魅力にとりつかれ、やがてCasino (カジノ)が出来、あっという間に保養地として有名になってしまった街である。が、となりのモナコで何のイベントもなく、この街のフェスティバルレモン祭:毎年、2月中旬から3月初めまで、40万人以上もの観光客が訪れる) もない、ローシーズンをうまく選べば、マントンの本来の魅力を、シンプルに味わうことができる。

今回の滞在では、モナコのスーパー・マーケットに入ってみた。そして、有名なSavon de Marseille (マルセイユ石鹸) を買った。今までは、この地方に、いつでも、ふんだんに溢れているソフトな色彩の美しさに、見るべきもの、感受したいものが、ひっきりなしに降ってくる状態で、ゆっくり買い物などしていられなかったのである。が、数回、来ているうちに、やっと落ち着き、心穏やかに、地元のスーパーで、ちょっと洒落たお土産を見てみよう、などという気になってきた。フランスのどこにでもある大型チェーン店でも、何故か、このあたりでは、売っているものが垢ぬけている。2,50 Euros (ユーロ) のコーヒーカップでも、オリーヴの葉と実をモチーフにして、軽快なレモンイエローでまとめてあったりする。太陽がふんだんに降り注ぐと、何でもこうなるのだろうか?と感心し、そのたびに太陽の効能を再認識しているのは、私達だけではないだろう。実際、あの、どうしようもなく格好いいイタリアのデザインや、フランスだったら派手すぎるほどの艶(あで)やかな色彩だって、この地中海の太陽が、いつも後ろ盾にいてくれる土壌だからこそ、成り立っているし、そもそも、薄暗い曇り空の下で、悶々と試行錯誤していても、そんなものは、生まれようがないのだろう。

ところで、今回のお話のテーマである、『マルセイユ石鹸』 は、かなり有名な石鹸なので(特にフランスでは)、南仏まで来なくても、どこにでも売っている。Body soap (ボディー・ソープ) は勿論、大きめな洗濯石鹸もあり、どうしても、この石鹸で洗濯したい、という人もいるらしい。マルセイユ石鹸で洗うと、きれいに仕上がる、という手洗い信奉派の人の話を聞いて、でも、洗濯機で洗いたい人の場合はどうするのだろう?と思ったら、洗濯機用の液体石鹸でも、”マルセイユ石鹸” と書いてあるのが、ちゃんとあった。そのクリーム色の液体は、テクスチュアもクリーミーで、確かに、太陽をいっぱい浴びて出来た石鹸みたいな、やさしいcomposition (コンポジション = 組成)の気がした。もともと、ハウス・キーピングに造詣が深くない私は、何だかんだと気分を構築して取り組まないと家事ができにくいので、このマルセイユ液体石鹸を使う時の、「これで、きれいになるんだぞう!」という、単純な嬉しさを味わいながら、洗濯機をまわすことになった。

さて、モナコのスーパーで、デミタスカップや、ピザをカットする道具を見ているうちに、円 (まろ)やかな色彩のマルセイユ石鹸を見つけた。4cm角くらいの立方体 (100g)が、3つ入った詰め合わせである。で、正方形の一面に、Savon de Marseille (マルセイユ石鹸), Olive (オリーヴ)、反対面に pur vegetal (純植物性)72%、と彫られている。この、オリーヴ・オイルが72%も使われているらしい立方体を持ってみると、手のひらが、南仏の太陽の温度感で温まってくる。オリーヴ、ラヴェンダー、それにシナモン・オレンジの3種類。洗濯石鹸のように大きすぎず、でも、クリーミーなヴォリューム感を損なわない程度の大きさとフォルムは、親指と中指で挟んで使うのにちょうどいいサイズである。そして、3つの淡い色彩は、決して、熱帯の陽射しのようにジリジリと照りつけたりはしない、地中海の太陽だからこそ練り上げることのできた、ソフトでクレイ (粘土)な色だった。メルヘンに出てくる動物達を形作るのにちょうどよさそうな、やさしい色調である。

浴槽で使ってみると、想像以上に滑らかで、本当にクリーミーだった。手の中で、乳脂肪分沢山の(個人的好みで言うとハーゲンダッツのバニラアイスのような)アイスクリームがとろけていくとしたら、この感じである。「すごいね!マルセイユ石鹸!!! 名前だけじゃないんだ!!」と、驚き、感動、賞賛し、いっぺんにファンになり、同時に、今まで、半分無関心だったことをひどく後悔した。石鹸の手触り一つで、浴槽タイムが、こんなにも幸せなるとは・・・。一日に、何回でもシャワーを浴びたい人間であるにもかかわらず、私は、石鹸の効能をそこまで信頼してはいなかった。というか、化粧品メーカーの宣伝文句だろう、くらいに考え、いつも適当に、柑橘系の香りの液体石鹸を購入していた。が、そういうものではないらしい。ということに、遅ればせながら気づいた途端、もしかすると、優れたコスメティック製品というものは、消費者が考えている以上に、(それなりの年齢を重ねた) お肌にとっては重要なのかもしれない、と思ったりもした。「攻めのコスメに、乗り出すべきだろうか?」なんてね。

(novembre 2009)

イタリアを 望む入江の 碧(あお)透けて
レモンの街に 冬陽(ふゆび)燦々(さんさん)
カモメ詠





マントンのレモン祭:

世界で、たった一つのレモン祭。毎年、2月中旬から、3月初めまで開催される。マントンのレモンの特徴は、果汁が多くて、酸味・苦味・甘味のバランスが程良く、自然の状態での保存で、数ヶ月は痛まない。しかも、適度に時間が経つことで、皮が薄くなり、果汁が増す、という特性があり、この土地のレモンが世界的に有名になった。マントンのカフェで、コカ・コーラを注文したら、厚切りレモンが、氷とひしめき合うように、グラスいっぱいに登場した。その立派な櫛形は、背 ( = レモンの皮) の部分の幅が3cmもあった。でも、酸っぱ過ぎず、レモンをオレンジのように齧りたい程のジューシーさなので、その櫛形をたっぷり絞り込んだコーラは、まろやかな酸味の中に、コーラ独特の甘みと苦みが引き立ち、いつもよりずっと、大人の味だった。

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コート・ダ・ジュールに向けて出発の朝、やっぱり、ナントは、寒くて雨模様!鉛色に厚く塗り込められたナント・アトランティック空港で、黒っぽいコートを着こんだ、この世には冬しかないとでも思いこんでいるような人達が、Regional(レジオナル)航空の小さな飛行機に、小さな小さなタラップで乗り込むところ。



ニース=コート・ダ・ジュール空港に到着!別世界のように晴れ渡っている。真冬の1月でも、椰子の木に太陽が降り注ぎ、急にサングラスが欲しくなる。ナントの悪天候など、いっぺんに忘れ、コクトー、マチス、シャガールなど、無数の芸術家達が住みついた訳が、すぐにわかる。この地方の陽光のもとでは、すべてが美しい!





空港から、イタリアに向けて走っているところ。ニースの海岸沿いに続くBd.des Anglais (アングレー大通り)。後ろに、有名なHotel Negresco (ネグレスコ・ホテル)が見える。




モナコで食事。15時過ぎに、海岸通りのレストランに、「今頃、食事できるだろうか?」と半信半疑で入ってみたら、にこやかに、"Allez-y. Faites-vous plaisir !" (どうぞ、どうぞ。お楽しみください。)と歓待された。同じような状況で、フランスだったら、大体の場合、"C'est ferme !" (もう、閉店!)と、取り付く島もなく一掃されてしまうので、モナコの、ちょっと日本に似ているハイレベルな顧客サービスに驚いた。で、感動しながら味わっているので、パスタもさらに美味しい。




マントンの、レモン祭 (2月に開催)の看板と、イルミネーション輝くアーチ。1月中頃だったので、すでに、街のあちこちに、いろいろな宣伝があふれていた。このアーチは、イタリアまで、2000m位のところに設置されているが、Mentonという字が、イタリア側から来る人を歓迎するように付いている。




マントンの海沿いの小さな広場にある、円柱の柱頭。スタイリッシュなレモンのデザインで装飾されている。



モナコのスーパーマーケットで購入した、オリーヴのデザインのコーヒーカップ。ソフトなレモン色に、2色のオリーヴの実が、さりげなく、お洒落。




小さな立方体の、マルセイユ石鹸。All began with this soap !





アクセス
ナントへのアクセス
Paris − Montparnasse 駅(パリーモンパルナス)から、TGV、Le Croisic(ル・クロワジック)方面行きで約2時間。Nantes(ナント)駅に到着する。駅から、Tramway (路面電車)1番線、Beaujoire(ボージョワール)方面行きに乗れば、3つめで、ナント中心街に着く。同じ線の、Francois MITTERAND(フランソワ・ミッテラン)行きに乗って、3-4停留所で、ロワール川沿いの、旧化学工業地帯に着く。古い大きな倉庫、古い造船所跡などで、その面影が窺える。

コート・ダ・ジュールへのアクセス
Parisから、国内線で、Nice−Cote d'Azur(ニース・コート・ダ・ジュール)空港へ。空港から、レンタカー、あるいは、ニース市内までリムジンバスに乗り、ニース駅から、国鉄を利用する。Menton(マントン)は、一番、イタリアに近い街。マントンの旧市街を抜けて、海沿いに走っていくと、 (イタリアまで 1000m)の標識が立っている。ニースからイタリア国境まで、100kmほど。ニースから西に100kmほどで、Cannes(カンヌ)まで。ニース = マントン間の、ほぼ中間地点にMonaco(モナコ)が位置している。モナコは、全長3kmほどの国だから、レンタカーを借りれば、このあたり一帯の海岸沿いを、風光を楽しみながら、行ったり来たりできやすい地方である。食事の秘訣は、イタリアに近づけば近づくほど、お値段もリーズナブルで、味が美味しくなる !! というポイント。マントンまで来たら、是非、ちょっと向こうのイタリアまで、パニーニや、ピザを食べに、足を伸ばそう!

銀翼のカモメさんは、フラメンコ音楽情報サイト「アクースティカ」でもエッセイ連載中
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