ナントの町から、フラメンコ舞踊家“銀翼のカモメさん”からのお国便り。



セ・サンパ
感じいい!親切!ちょっと贅沢!「セ・サンパ」とパリジャンは表現します。そんなサンパなパリを、ほぼ毎週更新でご紹介しています。

第三十四話
Savon de Marseille
(マルセイユ石鹸)の泡立ちは、
地中海文明の手触り
**前編**

2009.12
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(序編から続く)
という、マルセイユ石鹸との出会いがあってから、オリーヴ・オイルを主成分とする石鹸が、気になってしょうがない毎日が続いた。結局それは、オリーヴ・オイルを重要な柱の一つとする、碧く、青い地中海文明への、どうしようもない憧憬に他ならないのでもあるが…。その憧憬は、私という人間の奥底に、潜在意識のように沈澱していて、映画≪太陽がいっぱい≫(1960年/仏伊合作・監督 = Rene CLEMENTルネ・クレマン)のメイン・テーマ曲 (Nino ROTA ニーノ・ロタ作曲) のように、さりげなく、石灰岩っぽい白さで、私の深層心理を温めていた。そして、人間というのは、気になり始めると、何故かその傾向のものばかりが目についてくるもので、ナントの中心街の、毎日、バスで通っているところにも、何軒かイタリアンな食材や南仏の物産を売っているブティックが集まっていることに、今更のように気持ちが動いた。というか、それまでは、目に入っていても、ただ知らん顔して通り過ぎていたのである。Rue Copernic (コペルニクス通り)に面した、この一角は、ちょっとハイ・グレードな食料品を買えるところである。ここに、古くからあるPoissonerie (魚屋)は、店の御主人が、Le Croisic ( ル・クロワジック = パリ・モンパルナス駅から、TGVでナントに来るには、このル・クロワジック行きに乗る)に、自分の漁場を持っていて、自分でも、釣ってくるらしい。「ナントで、生で食べるに十分な鮮度の魚を買うには、ここに来るべし!」と、刺身・寿司文化で、舌の教養を培われた日本人が、日本人に推薦するほどの魚屋さんである。隣には、Chocolatier (ショコラティエ = チョコレート・ショップ)や、Fromagerie (フロマジュリー = チーズ専門店), Torrefaction (トレファクション = コーヒー豆焙煎ショップ),etc.も、軒を連ねている。その通りに並ぶ、イタリア系のお店は:

Epicerie Italienne (イタリア食材) : フォカッチャなどのイタリアのパンが買える。瓶詰めの美味しそうなパスタ・ソース、いろいろな形の本格的乾燥パスタも並んでいる。

Saveur dietetique (健康食品) : 様々なフレーバーのオリーヴ・オイルや、オリーヴ・オイルで調理した健康にいい食材(何でも、たっぷりのバターと生クリームで料理してしまうフランスでは, その動物性油脂をオリーヴ・オイルに変えるだけでも、すでに、かなり健康レシピーになるのだろう)

Traiteur Italien (イタリア惣菜) : 沢山のトマト、茄子やズッキーニ、赤ピーマンなどをふんだんに使ったデリカテッセン。

Cave a Vin Italien (イタリアワイン): イタリア・ワインのカーヴ。

などなど・・・。この通りでお洒落なのは食材だけでなく、花屋にも、ちょっと凝った白っぽいアジサイが、ローマ風石材に飾ってあったりして、「イタリア人がやっているのかな?」、などと感心した。しかも近くに、ガーデン用の装飾石材みたいなものを置いているお店もあった。が、よく見たら、その花屋と石材屋は、同じ経営者だった。

この、コペルニクス通りの真ん中にはバス停があり、その前に、L'Olivacee (オリヴァセ)という、その名も、オリーヴに深く関わっていそうなお店があった。看板もオリーヴ色である。ショーウィンドウからは、かの、ずっしりとした体積のマルセイユ石鹸をさりげなく積み上げた山が、よく見えた。オリーヴ・オイルの種類もいろいろありそうだった。何回も覗き込んで、いざ入ろうとしたら閉まっていた。イタリアっぽく、昼休みをたっぷりとるお店なのだ。13時から15時まで閉まっている。「せっかく決意を固めたのに!なにしろ、こういう、道端の個人店舗みたいなところに入ったら、それなりの会話もするべきだろうから、ユキアタリバッタリのフラッと、では、ちょっと入りにくいしねえ。」と、少なからずがっかりし、15時過ぎに、今度は、夫と2人で出直した。

で、漸く、中に入ってみると、物静かな男性が2人、パステル・カラーのエプロンをかけて、控え目に佇んでいた。あまりに静かなので、私達も、申し訳なさそうに、”Bonjour! (ボンジュール)”と言ってみたら、やはり、さらに繊細な声で、”Bonjour! (ボンジュール)”と返ってきた。「入ったからには、何か買ってみよう。私にとっては、何でもルポルタージュなんだから。」という理由で、じわっと浮かび上がる購買意欲を正当化しながら、私は、Lavande (ラヴェンダー)と、Eglantine (エグランティーヌ = 野バラの一種)、それぞれの香りのマルセイユ石鹸を選んだ。その名も、Marius FABRE (マリウス・ファーブル)。創業は、1900年。かなり、古代ローマっぽい名前である。ローマの遺跡に無造作にころがっている、白い大理石のぬくもりみたいなものが浮かび上がってくる名前である。以前、《Gladiator = グラジエーター》という映画の主人公だった、マキシムスの友達のような名前だ。夫は、「うーん、マリウス・ファーブル!このローマっぽさこそが、本物だ。」などと小声で囁いた。それで、「やっぱり、いいお店なんだろう。」と、だんだん嬉しくなってくる。すると今度は、後ろの棚に積んであった、小型の煉瓦のような、飾り気のない直方体が、気になってきた。それは、Pain d’Alepp (パン・ダレップ = アレッポの塊) という、シリアの石鹸だった。色は、オリーヴ色と黄土色のあいだくらいで、重量感のある塊である。「これも石鹸なの?」と訊いてみたら、「オリーヴ・オイルと、ローリエのね。」という答えが、お店の奥から、静物画がしゃべったように、物静かに返ってきた。「へーえっ!だから、こういう色 (= オリーヴの実と、ローリエの葉っぱを、何時間も銅の鍋で煮込んだら、こうなりそうな色) なんだろうか?」と思いながら、それも買うことにした。ずっしりと重い、密度ある直方体を持っているうちに、その石鹸を、もっと知りたくなり、つまりは、使ってみたくてしょうがなくなったのである。

他にも、いろいろなフレーバーのオリーヴ・オイルが、スタイリッシュな小瓶や、きれなラヴェルを貼られた缶入りで並んでいた。オリーヴ・オイルの瓶というのは、どうして、こうカッコいいんだろうか?だいたいの場合、細長く伸びた、すらりとした瓶で、四角い形状だったりすることもあり、ガラスに、レリーフのように模様が浮かんでいることもある。透明な瓶でも、オリーヴ・オイル独特の、とろりとした質感のオリーヴ色が重なると、急にガラス芸術のように、多くを表現してくる。「やっぱり、ベネチア・ガラスで有名なMurano (ムラノ) 島のある国だしね。」と、悉 (ことごと)くに感心しては、地中海文明にゾッコン!の自分自分を、度々、認識せざるを得ないのだが…。実際、こういうオリーヴ・オイルの瓶と、バルサミコの瓶 (こちらは、焦げ茶と深いワイン・レッドを混ぜたような、バルサミコ酢の、シックな熟成の色を纏 (まと)っている)を並べて、粒コショウを挽く機能の付いた胡椒入れと、シチリア島のクリスタル・ソルトを目詰まりせずに挽くことのできる塩入れなどと一緒に、陽光溢れる、5月の窓際に置いたりしたら、デジカメのシャッターを、無限に押し続けたいほどのテーブル・アートが出来上がってしまうのである。

でも、その、各種フレーバーのオリーヴ・オイルは、それなりのお値段だったし、今回は、とりあえず、マルセイユ石鹸のルポルタージュなんだから、と喉の奥で納得し、オリーヴ・オイル探求の巻は、近い将来に、持ち越すことにした。そして、何となく選んでみた石鹸を抱えて、控え目な雰囲気のレジに持っていくと、不透明な、トレーシング・ペーパーのような材質の紙に包んでくれた。お店の名前 = Olivaceeが、紙より、ちょっと濃い、マットな白で印刷してあり、石鹸を包んでいる間ずっと、さわさわと擦 (こす) れ合う、紙の音がしていた。フラスコの側面の、薬品名を書くために擦りガラスで出来ている部分を、擦ったときにする、無機物なのに、やわらかみのある音に似ていた。

(decembre 2009)

ベネチアは 都(みやこ)の記憶を 滲(にじ)ませて
夢色(ゆめいろ)ガラスに 歴史を遊ぶ
カモメ詠


ピカピカ・ステンレスのイタリア製カフェティエール(コーヒー沸かし)が並んでいる、コーヒー豆焙煎専門店のウィンドウ。向かい側の建物が映っていて、思いがけない演出効果!



ちょっとお洒落な花屋。白や淡いピンク系の、薔薇や紫陽花を売っている。こういう色彩が、ローマ風彫刻を飾ったりすると、頭の中が古代ローマみたいなもので、いっぱいになる。




イタリアの食材を売っている、小型スーパー・マーケット。フォカッチャが美味しかった。




イタリア・ワイン専門店。この壁にtag (タグと言われる落書き) がなく、陽光燦々だったら、もっとイタリアっぽいのに...。




健康食材店。何でも塩味の強いバターと生クリームで調理してしまう、このナント・アトランティック地方で、オリーヴ・オイルというのは、ダイエットの旗頭なのかも?ウィンドウは、各種オリーヴ・オイル、トマト・ソース、ドレッシング、etc.で飾られている。



L'Olivacee (オリヴァセ) と、そのウィンドウ。画面の中心にある、大きな籠に、山と積まれている四角い物体こそ、かの、マルセイユ石鹸。




Marius FABRE (マリウス・ファーブル) 社の石鹸。



ベネチア、ムラノ島で制作されたガラス製品の一例。ガラスを、繊細な飴細工のように、溶かし、染め、混ぜ合わせ、遊びとメランコリーを捻りこんで、夢色に成形していく…と、ムラノのガラスになっていくのだろうか?このジュエリーのようなガラスブロックは、ムラノのガラス技術を使って、フィレンツェで作られたもの。




L'Olivacee (オリヴァセ) の包装紙。儚げに、やさしい、半透明な白。カサカサという、軽い、執着のない、静かな音の感触が、オリーヴ・オイルの、さらりとした食感に似ているのかも…?



アクセス
ナントへのアクセス
Paris − Montparnasse 駅(パリーモンパルナス)から、TGV、Le Croisic(ル・クロワジック)方面行きで約2時間。Nantes(ナント)駅に到着する。駅から、Tramway (路面電車)1番線、Beaujoire(ボージョワール)方面行きに乗れば、3つめで、ナント中心街に着く。同じ線の、Francois MITTERAND(フランソワ・ミッテラン)行きに乗って、3-4停留所で、ロワール川沿いの、旧化学工業地帯に着く。古い大きな倉庫、古い造船所跡などで、その面影が窺える。

コート・ダ・ジュールへのアクセス
Parisから、国内線で、Nice−Cote d'Azur(ニース・コート・ダ・ジュール)空港へ。空港から、レンタカー、あるいは、ニース市内までリムジンバスに乗り、ニース駅から、国鉄を利用する。Menton(マントン)は、一番、イタリアに近い街。マントンの旧市街を抜けて、海沿いに走っていくと、 (イタリアまで 1000m)の標識が立っている。ニースからイタリア国境まで、100kmほど。ニースから西に100kmほどで、Cannes(カンヌ)まで。ニース = マントン間の、ほぼ中間地点にMonaco(モナコ)が位置している。モナコは、全長3kmほどの国だから、レンタカーを借りれば、このあたり一帯の海岸沿いを、風光を楽しみながら、行ったり来たりできやすい地方である。食事の秘訣は、イタリアに近づけば近づくほど、お値段もリーズナブルで、味が美味しくなる !! というポイント。マントンまで来たら、是非、ちょっと向こうのイタリアまで、パニーニや、ピザを食べに、足を伸ばそう!

銀翼のカモメさんは、フラメンコ音楽情報サイト「アクースティカ」でもエッセイ連載中
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