フランスが美酒・美食の国であることは、日本人の誰もが知っている。だからそういう国に住めて食いしん坊の私たちはとても幸せなのだけど、フランス料理の晩餐となれば、どんなに速くても2時間半、時には3時間半にも及ぶこともあるから、「疲れない」と言ったら嘘になる。おまけに夫の関係で、面識のない方々とテーブルを共にすることも少なくない。
さて、困った。3時間もの間、一体何を話せばいいのだ!
食卓の話題に「宗教」「民族」「政治」はタブーだと、外国暮らしの長かった夫の両親から若い頃聞いた。もちろん、親しい間の食事ではこれらがきわどい話題として座をわかせることもあるけど。
テーブルには、ほとんどの場合男女が交互につく。だから両隣はまず男性。もちろん偶に同性同士が並ぶこともないではないが、それでも知らない人と会話をもたせるのは、日本語ならいざしらず、外国語ではキツイ。若い頃は、両側の男性たちがかなり一生懸命話してくれるから、愛想良く座っていればよかったけれど・・・。残念ながら、もう「にこっと笑って」ごまかせる年齢じゃない。
フランスは文化、芸術の国でもあるから、ルーブルの講義で得た知識をちょこっと披露したりすると、「外国人のあなたが・・・」と感心もしてもらえて、さらには多くのフランス人男性が自国の文化芸術に相当の誇りと関心を持っているから、大いに話がはずむ。でも、彼らの話の奥の深さについていくのはこれまた結構しんどい。そこで、またあわてて頭の隅っこからフランス史を必死に引っ張り出して・・・。ふー、食事をするのも大変。
一番無難な話題が「ヴァカンス」だということに気がついたのは、案外最近のことだ。
「1ヶ月のヴァカンスのために11ヶ月働く」フランス人だけあって、職業、身分にかかわらず、ヴァカンスに掛ける情熱はとても大きい。だから「今度のヴァカンスはどちらへ?」「ヴァカンスはどうなさいました?」という質問でゆうに20分はもたせられる。出身地やなじみの土地に別荘を持っている人はそこから、お国自慢が始まる。旅行好きの人ならば、どこそこを訪ねた、何は素晴らしかった、という話をとうとうとしてくれる。
今年もまた、革命記念の式典(7月14日)を終えた週末以降、ほとんどの小売店が「年次休暇」の張り紙を出してシャッターを下ろし、パリはもぬけの殻となった・・・と書きたいところだが、「夏中開店」という張り紙の店も出てきて、以前に比べて住民の「民族大移動」は少ない気もする。
特権階級が「保養地に出かける」という習慣を持ち始めて1世紀余、労働者階級がヴァカンスという「長期有給休暇制度」を法的に手に入れてから70年近くを経たフランスにも変化が表れているのだろうか?テレビで、「ヴァカンスに発てない子供たちのために献金を」と流していたが、失業率のちっとも減らないこの国でヴァカンスどころではない人も増えているのかもしれない。
それとこれと関係があるかどうか、8月のとある金曜の夜遅く、一般車を押しのけて、先導されながらシャンゼリゼを我が物顔に滑走する老若男女の自転車隊に遭遇した。おととし市長に就任したドラノエ氏発案(?)のパリ・プラージュ(昨年に引き続き、セーヌ川岸自動車道を約一ヶ月閉鎖して、にわか浜辺のリゾートスペースを作った)は300万人の客を得て、盛況のうちに閉幕した。
今年のパリは50年来、100年来とも言われる猛暑に喘いでいる。黄色い斑点を帯び、水気を失って縮れたマロニエの葉が哀れだ。太陽がぎらぎらと照りつける歩道に、季節はずれの落ち葉が舞う。でも多分、パリ人はそれぞれのやり方でヴァカンスを楽しんだのだと思う。
パリのヴァカンス。(右・左はじ)ヴァカンス休業を告げるポスター。(中央右・左)セーヌに突然ビーチが出現。大盛況だった、パリ・プラージュ。 |