パリ大好き人間の独り言、きたはらちづこがこの街への想いを語ります。



セ・サンパ
感じいい!親切!ちょっと贅沢!「セ・サンパ」とパリジャンは表現します。そんなサンパなパリを、ほぼ毎週更新でご紹介しています。
第17回 もてなし  2004.06 エッセイ・リストbacknext
 いつの時代も、どこにいても、「みんなで集まろう」「ご飯を一緒に食べよう」という話になると「じゃあ、うちで」となり、ワイワイがやがや、騒ぐのが大好きだ。料理を作るのはは嫌いじゃないし(後片付けははっきり言って好きじゃないけれど)、誰かが来るとなれば、家の中もきれいにせざるを得ず、これもまた一石二鳥と楽しんでいる。
 今回のこちらでの生活もまた、「お客様」の多い日々である。パリという土地柄、日本からのお客様はおいしいレストランにご招待すればことが足りるけれど、フランス人は親しくなると、家庭に迎えてくださることも多いし、こちらもまた招き返す。それがやはり礼儀。なにより、食べて、飲んで、おしゃべりをすることが大好きな国民の、それはおつきあいの基本である。
 社交辞令で「今度うちにいらしてね」と言われることはまずない。「今度是非お食事をご一緒に」と別れ際に言われたら、次に会った時には本当に「*月*日あいてます?」と来る。いきなりその場で手帖など取り出す人たちも少なくない。忙しい現代人のこと、フランス人も日本人もお互いのスケジュール調整が難しくて、結局約束の日は6週間も先、ということもないではないが。

  R夫妻に呼ばれたのは、ひょんなことがきっかけだった。ある、やや堅苦しい、大勢の食事の時、たまたまテーブルでR氏と私が隣同士になったからである。
 「さっきアペリティフの時に家内と楽しそうに話していらっしゃいましたね」という一言に(もちろん、R夫人とも初対面だった)、私はすっかり打ち解けて、2時間以上もの間、左隣の彼との会話を楽しんだ。大変失礼ではあるが、右隣の方とどんな話をしたか、両隣それぞれに気を配っているはずなのだけど、ほとんど記憶にない。隣室での食後のコーヒーのために席を立つ時、R氏は私の椅子の背を引きながら、最後に言った。「今度是非我が家に・・・」
 コーヒーを飲みながら、私はR夫妻に夫を紹介した。男たちはおもむろに名刺を交換し、一通り挨拶が終わると、女たちは食事の間には話ができなかった他の女性たちとなんとなく群れるように、輪になって話し始めた。こんな、ごく当たり前の「社交」を通じで知り合った私たちだったが、しばらくするとR氏の秘書から夫の会社の秘書に連絡が入った。
 「あの時のお約束を実行したいのですが・・・」

 「お客様」は夫婦ふたりの共同作業である。いつ、誰と誰を、どんなふうに、と住所録を繰りながら、知人の顔を思い浮かべながら、一緒に悩む(!?)。メニューを決めるのはもちろんとても大切なことだけど、「どうやってもてなすか」は料理だけとは限らない。たとえ料理が上手じゃなくても、何をどこで調達するかだって、大いに腕の見せ所となる。
 デザートをなじみのお菓子屋さんに特別注文して、「ここのパティシエはね・・・」と得意げに披露する共働きのF夫妻。お抱えのパン職人(・・・って、近所のいつものパン屋さん)に、特別にパイ生地を作らせ、それに自家製のトマトペーストなどを使ってプティフール・サレ(塩味のアペリティフ用の小さなパイ)を作り、もてなしてくれるのは、友人のマリだ。テーブルセッティングやインテリアに並々ならぬアイディアを発揮する「芸術家」主婦もいる。料理好きの夫をシェフにして、お客と優雅にお喋りをしているマダムも、もてなし上手。なんといっても、これらのシチュエーションすべてが、テーブルの話題になること間違いなしだからである。そうやって「人をもてなす」ということを見事に演出する彼らから、私もまた接客術のヒントをもらう。

今日はピンク色でお客様を迎えよう


ベトナム風の冷やしそばは夏の定番メニュー

  R夫妻のお宅はパリから車で15分ほどの郊外だった。少し高台に位置する閑静な住宅地の一軒家は、石塀と大きな木の門が閉ざされていれば、中は全く見えないが、その日は私たちの訪問を待ってか、わずかに1メートルばかり門扉が開いていた。車を止め、降りて、「ここでいいのよね」と目配せしながら門扉に近づいた私たちに、大きなベージュの、毛むくじゃらのものが突進してきた。
 「ああ、ボンジュール!!サバ?(元気?という意味)」
 ちぎれそうに尻尾を振るゴールデンレトリバーの肩を叩きながら、最初のR氏との会食の時、犬の話で大いに盛り上がったのを私は思い出していた。午後8時とはいえ、まだ夕方のような日差しの中庭の、マロニエの木の下に置かれたがっしりした木のテーブルの向こうで、夫妻の人懐こい瞳が「ようこそ」と私たちを迎えてくれた。
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