パリ大好き人間の独り言、きたはらちづこがこの街への想いを語ります。



セ・サンパ
感じいい!親切!ちょっと贅沢!「セ・サンパ」とパリジャンは表現します。そんなサンパなパリを、ほぼ毎週更新でご紹介しています。
第16回 マルシェ  2004.05 エッセイ・リストbacknext
「あら、こんなところでめずらしい」
「おや、お宅もここですか・・・。今日は夕食のお客のための魚を女房に頼まれまして、ね」
「ここは品数が豊富ですものね」
テルヌのマルシェの魚屋さんで、一本釣りの見事なすずきとにらめっこしているF氏に遭遇した。

 土曜日の朝、私たち夫婦は特別な用事がないかぎり、必ず買い物に出かける。この習慣は実は若かった頃からのもので、当時は、16区の最南端にできたばかりの、まだパリには珍しかった大型スーパーに車で出かけ、カート一杯に紙おむつやら水やら生活雑貨をどっさり買ったものだ。日曜日は安息日でほとんどの店がシャッターをおろすから、それは毎週土曜日の恒例行事だった。

 今、私たちが行くのは「マルシェ」。つまり、スーパーではなく市場である。17区のテルヌにはパリ市の中でもとてもよい品が手に入ると言われる、常設マルシェがある。常設だから、一見普通のお店屋さんのようだけど、車両は通行止めになるし、中には、地方からやって来て、道に屋台を出して品物を並べる商人たちもいる。ヌイイーの街頭マルシェも有名だけど、こちらは水、金、日だから、土曜日にはやっていない。そこでテルヌまで足を伸ばす。

 日本でも地方都市には有名な「朝市」があるようだけれど、パリという都会の、それもあちらこちらで(大体2-3キロに1箇所はマルシェの場所がある)日をかえて、街頭市場が出現するというのは、東京人(トーキョーイットとフランス人は呼ぶ)にはちょっと想像がつかないかもしれない。そして多くのフランス人同様、パリ人もまたマルシェが大好き。老若男女、赤ちゃん、犬までが狭い通路を行き来するのを見ていると、本当に食いしん坊の国なのだなあ、と思う。

 街頭マルシェは朝8時頃から始まる。前日の夕方にテントの骨組みが立てられるのだが、朝になれば白い布が張られて、机が並び、にわか商店が誕生する。そして、4時間余り、売り子の大きな声が頭の上を飛び、近所の顔見知り同士が、挨拶を交わす。天気の良い日の昼時などは物見遊山の人々も混じり、まさにラッシュアワーの駅のごとく。でも午後1時をすぎれば、それぞれが店じまいだ。わずかに売れ残った商品をトラックに積み、陳列ケースや机が片付けば、残りは空き箱ばかり。2時過ぎには清掃局の車がやって来て、山積みにされたゴミをごっそごっそと呑みこんでいく。そして蛍光色の制服を着て、箒をもった路上掃除の人たちが掃き清めては水を流す。4時にもなれば、そこはもう塵一つない、元のきれいな広場や道路に戻る。まるで、シンデレラの魔法が解けた時みたい。

 マルシェには朝早く行くとすいていて、買い物がらくなのはいいけれど、実は、11時過ぎの、買い物客でごったがえしている時のほうがなんとなく楽しい。列に並びながら、他の人が何を買うのか見ていたり、店員とのやりとりを聞いて我が家の晩御飯のメニューを決めたり、自分の番ぎりぎりまで迷ったり・・・。でも、本当はこの並び方がすごく難しくて、お気に入りの店員でもいる店なら彼らの近くに行って、目で合図して、存在を知らしめることができるのだけど、そうでない場合は何となくお客同士、あうんの呼吸で「私が先よ」とか「どうぞあなたから」とか。列のしっぽはどこかしら?と察知して、それでしっかりと自分の順番を確保しなければ、永遠に店員と会話ができない!





朝のマルシェの賑わいは想像できない、夕方のがらんとした広場

 季節感を味わえるのもマルシェの楽しみの一つだ。以前に比べると、輸入品やら促成栽培やらで、高級食料品店や大型スーパーではいろいろな食材がいつの時期もあふれるようになったし、冷凍食品も普及してきたパリではあるけれど、やはり、「採れたて」が当たり前と言わんばかりに、マルシェには旬のものが並ぶ。ジビエ(狩猟による野鳥類など)の季節には、まだ毛のついたままの鴨やらうさぎやらが店頭にぶらさがり、春の白いアスパラガスも目にまぶしい。冬の貝類も圧巻だ。

 時代と共に、どこの国も合理的になり、現代人は忙しいしで、パリの家庭にも、「電子レンジでチン」というような生活習慣が定着したのも事実だけれど、マルシェの中には昔ながらの食通のパリが生きている。
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