パリ大好き人間の独り言、きたはらちづこがこの街への想いを語ります。



セ・サンパ
感じいい!親切!ちょっと贅沢!「セ・サンパ」とパリジャンは表現します。そんなサンパなパリを、ほぼ毎週更新でご紹介しています。
第22回  手(続き)   2004.12 エッセイ・リストbacknext
 なぜ「手」なのか・・・どうして、これほどまでにこれらの「手」が私を惹きつけるのか・・・
 解らない。

 私は美学を専攻したわけではないし、当然、大した知識もなかった。だからこそ、空っぽの状態、かっこよく言えば、無の境地でふと遭遇した「手」だったのだ。最初に美術館を訪れたのは、「あの言葉の主の作品を見てみたい」という理由だけで、芸術を鑑賞しようという意識もなかった。そしてその頃は(今も多分にそうだけど)「芸術作品は結局は好きか嫌いかということよ」なんて、偉そうに考えていたから、あえて、勉強してから見に行くなどということもなかったのだ。
 でも、何回も通った。いつでも必ずまず最初に「手」を見て、最後にもう一度、「手」に戻った。無性に懐かしいような気がするし、とても安らぎを覚えるからだった。

 芸術作品について勉強しながら、あるいはいろいろな知識を得た上でもう一度作品を見ることの楽しさに気が付いたのは今回の駐在からだが(子供たちには「年齢ってことだよ」って言われてる)、実はロダンについてはさほど「勉強」していない。カミーユ・クローデルのことを知ったのも偶然だった。たまたま映画好きの友人から、「ロダンの愛人にカミーユ・クローデルっていう女性彫刻家がいたんだって。その人を主人公にした映画があるのよ」と聞いたことがあったからだ。しかし、私はその映画を見ていなかったし、詩人でもあり、駐日大使を務めた、有名なポール・クローデルの姉・・・ということくらいしか記憶には残らなかった。「偉大な芸術家と若い愛人」という構図もなんとも類型的に思えたのだ。

 ところが、その後、オルセー美術館へ行き、私はまた新たに'遭遇'してしまう。胸がきゅーっとなるような、その彫刻の作者こそ、カミーユだったのだ。『分別盛り』(あるいは『壮年』1895年制作)というタイトルのそれは、何の説明もなくとも、カミーユと大作家ロダンの別れだということがすぐに見て取れた。決して、大好きな作品というわけではないが、何かを感じて、つい、歩み寄ってしまう作品であることは間違いない。作家の力量をまざまざと見せつけられたような気がした。衝撃的だった。

 カミーユは壮年の、つまり、彫刻家として脂の乗り切ったロダンに出会い、弟子として、またモデルとしてロダンに協力し、さらには、愛人という存在にもなったが、若くして、精神を病んだ。それは、彫刻の世界(だけじゃないと思うけど)が完璧な男社会であって、女性であるがために、生き辛かった時代のせいだったと言われている。彼女が素晴らしい作品を発表すればするほど、「ロダンの模倣」と批判されたらしい。あるいはまた、彼女の天才性のなせるわざかもしれない。幼い頃から天賦の才を認められ、少女のうちから彫刻家になることを決めていた・・・ということは、何かを作り出さなければ均衡のとれない精神の持ち主だったのではあるまいか。天才という意味では、職業訓練を受けながら彫刻家となったロダンより上だったのかもしれない。

 そして、私はまたロダンのことが気になった。カミーユを狂わせる遠因に、ロダンもあったのだと思うと、落ち着かない。なんだか大ッ嫌いなメロドラマのような筋書きではないか!気になってしかたないから、一度、ヴィデオでも借りて、その映画を見ようかしら・・・なんて思ったりもした。
 そんなある日、私はまた日本からの知人夫妻を美術館へと案内することになった。奥様が「カミーユ・クローデルの顔を見たいの。映画を見たことがあるのよ」とおっしゃったのだ。ご主人は彫刻など興味ないけれど、写真が趣味とのこと。薔薇の季節でもあり、きれいに庭園の整ったロダン美術館はうってつけの訪問先だ。

 『カテドラル』と名づけられた「手」はいつものように庭を見下ろす、窓辺にあった。私はオルセーへ行ったあとのモヤモヤした気分を抱えたまま、ちょっぴりためらいがちに近づいた。
 でも、「手」は「手」のままだった。ずっと昔、最初に'遭遇'した時と同じように、静かに私を迎え入れてくれた。
 ロダンはいわゆる宗教上の信仰はあまり持っていなかったようだが、彼の、ものを見つめ、そこに内面の真実を見出そうとする努力は信仰的でさえあったのだ。私が惹きつけられているのは、まさに、その彼の信仰的とも言える芸術家魂かもしれない。
 いつ見ても美しい、やっぱり、ス・ゴ・イ、としみじみ思った。1906年、ロダン66歳の作品である。

カテドラル

ポール・クローデル(カミーユ作)


ロダン(カミーユ作)
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