パリ人はお散歩が大好きだ。なぜ、こんなにもお散歩がすきなのか?と考えてみると、多分、狭いアパルトマンに閉じこもっていたくないのだと思う。日本の家はひところ「ウサギ小屋」と称されて、ひどく貧しい住環境にいる・・・というような、やや偏見に満ちたフランス人の発言もあったが、実はパリはパリで日本的感覚からすれば、住環境はさほどよくはない。なんと言っても、ほとんどすべてが集合住宅で、一軒家に住む人はまずいない。日本のように「猫の額」のような庭をも、普通は持ち合わせていないのである。
日当たりの悪い集合住宅に住めば、誰でもちょっと外に出てみたくなる。家具に陽光があたることを嫌うフランス人は、北向きの部屋に住むことも平気だが、人間は外気を吸って、十分にお日様に当たりたいらしい。その結果、休日ともなれば、猫も杓子もお散歩、と相成る。
赤ちゃんたちも生後2週間くらいからさかんに外気浴を勧められ、よほど天気の悪い日でもない限り、近くの公園や街路樹のある大きな通りには乳母車の親子連れも多い。そして週末ともなれば、そぞろ歩きの老若男女、散歩人口は一気に上昇する。
そんなお散歩に欠かせないのが、ベンチである。
足元もおぼつかないご老人を見ていると、ベンチがあるから散歩に出られる、たくさん散歩するからちょっとベンチで一休み・・・・と卵と鶏のような関係が成り立っているのが分かる。角のキオスクで新聞を買って、家に帰る道すがら、ちょっとくたびれてそのままベンチに座り込み、いつの間にか新聞を読みふけっている、といった風情のおじいさんもよく見かけるが、もしかしたら、もともと家に戻るつもりはないのかもしれない。
そういえば、私も若い頃、家の周りのベンチをよく利用した。
夕方、ちょっと着替えて、お昼寝から覚めた息子をだっこして、ヴィクトル・ユゴーの通りをあてもなく歩く。そして、疲れるとベンチに座った。生後6ヶ月くらいの赤ん坊との、長い一日。インターネットはおろか日本の新聞も手に入れるのが難しかった時代に、日本からも世界からも取り残されてしまったような気分の若い母親を慰めてくれたのが、このベンチだったのだ。ベンチに座っていると、必ずと言ってよいほど、誰かが声を掛けてくれる。東洋の赤ちゃんは‘エキゾチック’だから、みんなの注目の的になれる。そして私は、夫を朝送り出してからその日初めて、「大人」と口をきいた。
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