「何のお花を買おうかしら?」
「両手いっぱいのオフホワイトのチューリップ!」
「贅沢な人ねぇ、あなたも」
マルシェを歩きながら尋ねる私に、久し振りにパリに来ている娘がなんのためらいもなく答える。ロンドンでつましい学生生活を送っている彼女だから、花を買うことなどまずないのだろう。しかし、もっと大きな理由は、パリは花天国だということ。切花の値段は桁をまちがえたかと思うほど安く、一束の単位も、10本、20本と豪快だ。彼女はそれをちゃんと知っている。「贅沢」というのは半ばほんと、半ば冗談で、私たちはこの国にいるから、本当に抱えきれないほどの花束を買ってきて家に飾る、という「贅沢」な生活が送れる。
日本人は都会に住んでいても庭付き一戸建てにこだわるように、昔から土いじりが大好きだ。そして小さな草花を大切に育てる人たちが多い。最近はイギリス式ガーデニングも大流行だ。
それではアパート生活しかできないパリ人は一体どうなのだろう?土に対する愛着はさほどないかもしれない。だからメゾン・ド・カンパーニュ(田舎の別荘)を持てる身分ならいざ知らず、一般のパリ人はアパルトマンの中やテラスにいくつかの鉢植えを置く程度。建物によっては、ベランダに鉢植えを置くことを禁止しているところもあるくらいだから(これは枯らした時、美観をそこねるからだ・・・というもっともらしい理由を聞いたことがあるが)本当にごく少数の人々の、「趣味の域」にとどまっているようである。
それでは花に興味がないか・・・と言ったら、それは正反対で、自分で育てるという楽しみではなく、純粋に花を飾ること、身の回りに花があることが大好きな人たちなのだと思う。何より素敵なのは、花屋さんで一生懸命花束を選んでいる男性の多いこと!きれいな薄紙に包まれて、大きなリボンをかけた花束は、いったい誰に届くのかしら?
野暮な質問だ。贈る相手は誰でもいい。花を買うということに意味があるのだし、何より、花と接している時の嬉しそうな顔。まさに、暮らしの中のうるおいなのだ。
街を歩いていても、花屋さんをよく目にする。そしてずーーっと昔から変わらずあるのが、テルヌ広場や、マドレーヌ寺院横の花市場。緑色の、失礼ながらバラックというか掘っ立て小屋は、台風が来たら吹き飛んでしまいそうなその外観とはうらはらに色とりどりの美しい花たちであふれかえっている。大きく開けた間口いっぱいに椅子や箱を並べて階段状の台を作り、そこにバケツを置いて、切花をたくさん入れる。・・・舞台裏はこんな感じだけど、遠目に見ればそれはまた例の如く、フランス式美しさ。色合わせといい、花の種類の並べ方といい・・・。
2月のとある日曜日、散歩がてらに出かけたマルシェで、その年初のミモザを見つけた。吸い寄せられるように近づいた私に花屋のおかみさん が 大声で言う。
「おまけで3束あげちゃう!」
黒板(値段表)の文字は2束10ユーロ。「もちろん、買うワ!」
文字通り、両手に抱えきれないほどのミモザを抱いて、私はご機嫌だった。厳しい寒さの日々である。けれど日の入りが少し遅くなり、一歩一歩春が近づいていることを感じさせるこの季節に、いち早く南フランスの風を運んできてくれる黄色い花。
花の寿命は案外短いし、花粉は落ちるしで、本当は主婦泣かせの花ではあるのだけど。 |