パリ大好き人間の独り言、きたはらちづこがこの街への想いを語ります。



セ・サンパ
感じいい!親切!ちょっと贅沢!「セ・サンパ」とパリジャンは表現します。そんなサンパなパリを、ほぼ毎週更新でご紹介しています。
第31回  郵便 2006.02 エッセイ・リストbacknext
 朝10時頃になると、ためらいがちに押された呼び鈴の小さな音とともに、玄関先で、コソッという乾いた音がする。その音を聞きつけると、私は、とりあえず玄関へと降りていく(デュプレックスと呼ばれる2階式のアパルトマンでの私の書斎兼居間は、2階部分にある)。大きな扉の向こう側に、今日は何が置かれているのだろうか。毎日のことなのに、私の胸はちょっぴりどきどきする。期待に胸弾ませ……という表現も、あながち嘘ではない。
 朝の掃除を終えたギャルディアン(管理人)のモンティローニさんの次の仕事は「郵便物配り」だ。大きな小包などの場合は、呼び鈴をしっかりならして、こちらがドアを開けるのを待つのだが、書状だけの時は、「手紙ありますよ」とちょっと声をかけてくれるようなタッチの押し方で、玄関の外の靴拭きマットの上にそれを置いて、階段を下りていく。
  昔、16区に住んでいた時のコンシエルジュ(管理人、ギャルディアンより立場が弱い)のペトロビッチさんは、ドアの下のほんのわずかな隙間から、書状をアパルトマンの中まで差し込んでくれた。これも、独特の音で、玄関のカーペットをこする、シュワー、というような音は、20年以上たった今もはっきり耳に残っている。そしてあの頃の胸のドキドキが、今よりもっと大きかったことはもちろんだ。「国際電話」が特別の時代で、通信はもっぱら郵便だった。日本からたまに届く薄紙の航空便用の封筒が、その日一日を幸せにしてくれる、そんな時代だった。日本で、家の郵便受けを覗くときも、それなりの嬉しさはあるのだが、「パリの音」が私に与えてくれるものは別のもの。外国での生活と思い出と感情とが全部交じり合って、とても懐かしく意味のあるものになっていることは確かである。
 でも、時代が変わり、今では、パリ市内で常駐の管理人を置いている住宅は減り、多くが、日本と同じように、建物内に郵便受けを並べるという形式になっているようだから、私のような感覚を味わえる人は少なくなってしまったかもしれない。

  郵便といえば、日本では想像もつかない出来事がたくさんある。まず、郵便物の紛失、遅滞は決して珍しいことではない。4年位前のことだが、イタリアの田舎町に住む夫の従姉妹がくれた絵葉書は、6週間たってパリの我が家に届いた。「飛脚がモンブランを越えて運んだのね」「トンネルが閉鎖されているしね」と夫と私の間ではしばし話題となった。サンルイ島に住む友人は「島に届くのは遅いのよ」と、普通なら翌日に届くパリ市内郵便の遅さを嘆く。もっとも、これは「島」のせいではないと思うけど。仲間内のお知らせを一斉に出したのに、到着日に5日も差が出た……なんていうのも日常茶飯事。
 そんなこんなで評判の芳しくない郵便事情だが、実は、私は郵便局が大好きだ。郵便局には、その国や、その町やその地域の空気がある。(話は脱線するが、そんな私だから、ローマ旅行をした時はバチカンの郵便局から、いっぱい手紙を出した。)だから、時たま、書留郵便などを受け取りに行くのもまんざら嫌ではない。いつも混んでいて、必ず20分くらいは列に並ばなければならないけれど、じーっと我慢して並んでいるお年寄りもいれば、後から来て、図々しくも「優先者ですからお先に」などと言いながら当然のように(いや、当然なのだ!この国では老人や妊婦や障害者には優先権がある)横入りするすごく元気なカワイクナイおばあさんなんかを見ているのが、楽しい。クリスマスの前になると、小包を抱えた人も増えて、外国に住む孫にでも送るのだろうか、窓口の職員に中身の説明を一生懸命している光景などもよく見かけるが、なんともほほえましいものだ。

 パリでは、ルーブル美術館に入る地下廊下のところの郵便局がお気に入りである。ここは、小さくて、窓口も2人(時には1人)しかいないけれど、場所が場所だけに、利用する人が限られていて、他の郵便局のように、待たされることがほとんどないのがいい。おまけに、私の贔屓目のせいもあるかもしれないが、「美しい切手」の在庫が多いような気もする。「日本に出すんでしょう?」なんて聞きながら、まるで自分のことのように、素敵な切手をそれはそれは熱心に探してくれる。隣の美術館ブティックでルーブル作品を写した絵葉書を買い、カフェでお茶でも飲みながら、親しい人へ一筆したため、この郵便局できれいな切手を貼って投函する――なんだかとても豊かな一日。

 21世紀の現在、インターネットの急速な発展で、日本からの手紙はかなり減った。ほとんどない、に等しい。急ぎの用事や事務的なことはメールでやりとりするほうが、ずっとラクなのだ。季節の挨拶もいらないし。
 でも、たまに届く、友人たちの葉書を手にするとき、手紙の封を切るときの感覚は、こういう時代だからこそ私にとっては余計に貴重で、嬉しいもので、私もせっせと手紙を書こうと思う。






日本では郵便は 赤。フランスは黄色



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