ケイのわんぱく物語
日仏ダブルの小学生ケイ君が送る、パリの子供たちの元気な日常。



セ・サンパ
感じいい!親切!ちょっと贅沢!「セ・サンパ」とパリジャンは表現します。そんなサンパなパリを、ほぼ毎週更新でご紹介しています。
第2回  放課後 2008.11エッセイ・リストbacknext
 学校が終わるのは午後4時半、チャイムが鳴ってしばらくすると、大きな木のドアが開いて、中から本日の修練を終えた小さな人たちが次々に顔を出し、門の前で彼らを待っている親たちやベビーシッターの元へ、「おなかすいたー!」と駆け寄っていきます。

 私たちの住むアパートは学校のすぐそばにあるので、おやつはいつも家で、手をちゃんと洗ってから。家に帰る道すがら、「今日のおやつ、なにー?」「マドレーヌ」「ショコラの?」「ううん、普通の、でもすんごいおいしいの」「ショコラがいいのにな」「じゃ、食べなくてもよろし」「食べる、食べるよー!」
家に着いたら着いたで、ゆっくりと休憩して食べればいいところを、

 「早く公園に行こう! もうコパン(友だち)が待ってるから!」なんて慌ただしいのでしょう!

 公園に到着するともう、いつもの木陰にいつもの遊び仲間が集まっています。「あっ、ケイ! 遅かったなー。」仲間のひとりにそんなことを言われながら、少し照れくさそうに、でも嬉しそうに、すぐに遊びに加わっていきます。

 この遊び場所の近くに、小さな潅木がたくさん植わっているところがあります。私は密かに「小さな藪」と呼んでいるのですが、子どもたちの目がそれを見逃すわけはありません。通路からすっと入ってしまえば絶好の隠れ場所になるのです。本当は入って遊んではいけないのです。小さな木や枝が傷むといけないから。でも圧倒的に魅力的すぎるこの藪の中! 中を少しのぞくと、木と木の間にちゃんと、子どもたちが背をかがめて通れるぐらいの道が出来ていて、まさに小動物の通るけもの道みたい! 地面はふまれてもうピカピカ、ずーっと先の反対側の通路まで抜けていけます。子どもには絶対、藪が必要! トトロのメイちゃんじゃないけれど、木々の中で戯れる子どもたちの姿って、何か見ていて美しいものがあるんですもの。姿は見えなくても藪ごしに、クスクス聞こえる笑い声、またはバサバサッと走り抜ける音が聞こえてきて、藪の中は大変騒がしそう。よしよし、と思いながら読書に耽っている私の耳に、

「セバスチャーン!」

「アドリアーン!」

「ジャーンヌ!!」

 まただ! これは彼ら三人のヌーヌー(nounou)の怒鳴り声です。ヌーヌー役になるのは、主にアフリカや東欧、または東南アジアからやってきた移民の女性たち。学生の放課後だけのアルバイトと違って、彼女らは、子どもの親が働いている間のちょっとした家事や、子どもの世話をいっさい引き受けます。公園で、黒い肌に色鮮やかな、ブーブー(boubou)と呼ばれるアフリカの民族衣装をまとい、大事そうに押して歩く乳母車の中が、金髪巻き毛の碧い目の赤ちゃん、という光景は珍しくありません。彼ら三人のヌーヌーも、二人は恰幅のよいアフリカの、一人は東欧と思われるアクセントを持つ女性です。

 公園で彼女らが一番注意しているのは、預かっている子どもを見失わないこと。彼女たちにしてみればいつも自分の目の届く範囲で遊んでほしいのです。けれど、ヨチヨチ歩きの子ならまだしも、もう十分駆け回れる、鹿みたいな足を身につけた小学生たちが、そんな小さな範囲で満足するはずはありません。鬼ごっこやかくれんぼをすれば、すぐにどこかわからなくなってしまいます。

 私がケイに必ず言っているのは、「お母さんはずっとここにいるから、時々顔を見せに戻って来て。そして絶対に知らない人にはついていかないこと」(わぁ、私が幼かったときに、母に繰り返し言われていた言葉がするすると出てきます!) そしてケイはしばらくするとちゃんと戻ってきて、水を飲んだり、今何して遊んでいるかを報告してくれるのです。

ヌーヌーたちに呼ばれて戻ってきた3人は、「いつも言ってるでしょう!? 見えないところに行かないでって!」「はぁい」と生返事してまた遊びにでかけ、遠くまで行っては呼び戻される、この繰り返しです。うーむ、この違いはなんだろう? 信頼感? 責任感? 一度、ケイが食べてるクッキーをあまりにもジャンヌが羨ましそうに見ていたので、「食べる?」「うん!」そうしたらあとで、ジャンヌがヌーヌーに、「もらって食べたらダメって言ったでしょう!」と叱られていたので、あっ、ごめんなさい、と思ったことがありました。彼女らにしてみれば、子どもの母親から頼まれていることを忠実に守っているのですから、よい子守り役と言わなければいけないのかもしれません・・・。


黄葉


秋の公園


ヌーヌーと子供たち


駆け回って遊ぶ子供たち

 「もう帰る時間よ、ジャンヌ」一人のヌーヌーが言い出すと、他のヌーヌーたちも「そうそう私たちもよ、さあ行くわよ」 ヌーヌー達には子どもにお風呂を使わせるという仕事が残っています。午後6時を境に、いっせいに子どもたちが引き上げてしまうと、黄色く染まった菩提樹の丸い葉の、あちこちでひらひらと舞い落ちるのが目立つばかりになりました。空気が急にひんやりとしてきたようで、その中に、降り積もった落ち葉が朽ちていくときの匂い・・・甘い、森の中でふと嗅ぐような匂いが混じっています。

 残されたケイはしばらくのあいだ、マロニエの実を拾ったり、友達と築きあげた枯れ葉の山をごそごそやったり。そしてふいに、持ってきていたトロチネットに足をかけると、

「もう帰ろう」

「えっ、もういいの?」

 私は読んでいた本を閉まって、もう先へ先へと駆けて行っているケイの後姿を追います。歩く度に地面の落ち葉がカサカサ音をたてます。ケイは公園の門のところで私を待ち構えています。これも約束事、絶対に一人で外に出ないこと。公園を出ると、「あっ、いいにおい!」懐かしいような、芳ばしい、木の燃える香り。どこかの家でもう、暖炉に火を入れているのです。これからパリは、刺すよう冷たさが当たり前の、長い冬の季節へと向かいます。でも晒されるほっぺたが冷たくなっても、こんな匂い、温かな、心に栄養分がいきわたるようないい匂いが嗅げるようになるし、そして何よりも! 冬にはたくさんの、楽しいイベントが子どもたちを待ち構えています!
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