さて大階段であるが、私はこの階段とその上のバルコニーにガルニエは一番神経を使ったと思う。なぜなら、この部分は表玄関であり、また観客自身が舞台を演ずるテアトルだからである。19世紀の人たちは正装して観劇したので、女性たちは衣装で研を競った訳だが、長いドレスがトレーンを引く様が絵になるのが正にこの大階段である。ボルドーのグラン・テアトルは18世紀にヴィクトール・ルイによって作られた傑作であるが、その階段からインスピレーションを得ている。が、それよりずっと壮大でゴージャスある。階段も広く人像柱照明も装飾効果満点。手すりはオニキスで出来ていてバルコニ−の手すりに伸びている。もうお分かりと思うが、相撲や歌舞伎と同じようにオペラ座は社交の場であった。だからここで人々は挨拶し、会話を交わし、交渉を取り付けたりしたのである。だから夫人達はバルコニーでオペラグラスを傾けながら、階段を上ってくる女性の髪型やアクセサリー、ドレスの流行などを細かくチェックしたのである。バルコニーは大きく階段を囲むような形になっているが、これは中の観客席と同様である。
観客席の形式は、伝統的なイタリア式という、舞台を大きく丸く囲むような形で、これも半分は、観客が舞台を見るより、反対側の観客席から見られることを表わしている訳で、ここでも観客が現在よりも見られる役割を果たしていたという証拠である。それに丸くなっている方の桟敷席は、ちょうど相撲の升席のようになっていて、6席から8席あり、会員は年を通して席権利を有していた為、鍵も所持していた。要職の会員は、遅れてやって来る事もあったろうが、そういう時も、他の観客の邪魔をせずに自分の席に着けた訳で踊り子やダンサー等を囲っていた会員達はそこで密会ということもあったであろう。現在の天井は、ド・ゴール時代にアンドレ・マルローがシャガールに依頼して製作されたもので、シャガールらしく明るい色彩の中にバレリーナや凱旋門やロバなどが夢の中のイメージのように描かれている。シャガールの天井を見ようとしてオペラ座に来る人が増えたという。今でもこの天井を見る為だけにオペラ座を訪れる方も多いが、いつも見られるとは限らない。しばしば準備や稽古の為に閉められてしまう。
でも幕間のときにシャンパンを飲んだりしたギャラリー(フォワイエ)に行けば、貴方も満足するはずだ。53mの長さはヴェルサイユの鏡の間には及ばないが、改装されたばかり、というのがよく分るのがここである。2kgの金が使われて一新された。音楽を表わす天井画、トロンプ・ルイユの鏡、まわりの金箔と調和した色のドレープをふんだんに使ったカーテン。モダンな劇場では味わうことの出来ないゴージャスなノスタルジー効果は満点である。天井画の一隅にはガルニエの肖像も。周りには人頭彫刻が壁沿いに並んでいるが、端のほうを見ていただきたい。電気線のスパイラルを首に巻きつけた女神像があり、最新テクノロジーであった、電気というものに対してオマージュをささげている訳である。バルコニーからフォワイエに続く廊下部分も、贅を凝らしたモザイクで出来ていて圧巻である。自分を当時の観客にイメージすれば楽しさが2倍になる。 |